見テ知リソ知リテナ見ソ (感)
中3 あえとみ(aetomi)
2026年6月2日
見たり触れたりして得る直感は大切だ。ものを見たり接したりするときには自由で柔軟な感覚を失っては感動できない。しかし、直感に安易によりかかりすぎると独断や偏見に陥る。そのため、自分の感性を信じつつ、一般的な知識と他人の意見を耳に傾ける余裕といったバランスの上に感受性が成り立たなければならない。私は知識に縛られないことは大切だと思う。
第1の理由は知識に縛られると、思考の幅が狭まるからだ。現在、社会において「アンラーニング」というものが重要視されている。「アンラーニング」とは過去に学んだ知識を振り返り、現状に合わない価値観や新たな学びを阻害する固定概念を取捨選択することだ。「アンラーニング」の主な例として、上司が指示し部下が従う主従関係から変化し、対話と共働がスタンダードになっていることや、知識量や記憶力よりも、創造性や発想力が重視され始めたことなどが挙げられる。実際に、父に以前と比べて「アンラーニング」の意識が職場で高まっているのを実感したことがあるか尋ねた。すると、以前はその日に仕事を終わらせるために残業をしていたが、三六協定で残業を制限されたことで、早い時間で仕事を切り上げることができるようになったそうだ。その結果、家族との団らんの時間が増え、満足しているのだという。このことから、「アンラーニング」を導入することで新しいメリットが生まれ、思考の幅を拡げることができる。かえって、人々の思考の幅が狭まる根本的な要因は、ある予備知識や固定観念に縛られ、時と場合によって対応しにくくなってしまうことが考えられる。古代ギリシャの哲学者であるソクラテスの「私は、私がそれを知らないことを知っている」という言葉があるように、これまでの常識や概念に縛られすぎず、新規の視野を模索し、活用することも大切なのではないだろうか。
第2の理由は知識に縛られない方が臨機応変に対応できるからだ。数学の勉強法においてもこれが当てはまる。以前は数学の勉強法を本で調べた際に知った、「学校で配布される教材を3周する」という勉強法を作業的に延々と行っていた。しかし、これだけでは実力が身につくはずもなく、テストの点数は一向に向上しなかった。けれどこの結果から、点数を上げるためには、単なる演習だけでは補えず、いかに数学的な考え方の発想と理解ができるかが根底にあると気づいた。そこで、これまでの勉強法を一度見直して改善点を分析し、「自分にはどういったものが足りないのか」を考えた。そして、分析した改善点をもとに数学の勉強法を変えてみると、徐々に点数が向上し今では苦手意識を持たずに取り組めるようになった。この経験から考えられるのは、「教材を3周する」といった知識に縛られると、自分の解決策や臨機応変に対応する力を見失ってしまうことだ。すなわち、思考における柔軟性が欠けるということになる。私たちの社会における事柄は不変的であり、その変化についていかなくてはならない。そういったときには、知識に縛られすぎず、思考における柔軟性を持つことが重要であると考察できる。
確かに多くの知識を吸収して活用するほうが効率化を図れる。しかし、行動するためには、多くのことに無知でなければいけないという名言があるように、知識を得るだけでなく、それらに縛られずに物事を考え、実践することも大切だ。その結果、新たな発見から視点が拡がり、自分の力にできるだろう。だから私は知識に縛られないことは大切だと思う。