物を大事にするということは大切だ

   小5 あさめい(asamei)  2026年6月2日

 インドではほうぼうの町角で、自転車の修理屋を見かけた。新品自転車など一つも置いていない、寄せ集めの中古部品ばかりごたごた重なっている小さな店である。靴でも自転車でもタクシーでもバスでも、インドでは実際徹底的に修理し再生して、とことんまで使いきるらしかった。現在の日本のような経済力に任せた浪費習慣は、よい影響を与えるとは考えにくい。人間は一体生きるために本当に何を必要とするか、ということだ。快適な生活の追求はしばしば贅沢と域を接し、人間に本来の生の姿を忘れさせるのではあるまいか。

 私が7歳が七五三の時に来た着物は、母のお下がりだ。赤みを帯びたオレンジ色に、裾と袖にには、鶴や牡丹、梅、菊、それに扇なと縁起が良いとされる柄が沢山描かれている。ははあがこれを来て近所を歩いていると。「まあ素敵なお着物ね」「とっても可愛い」と言って褒められたそうた。母の生まれた時代は第二のベビーブームで、その頃は今のように着物をレンタル出来るお店はなかった。だから大抵の家庭では、着物と帯や草履、小物一式まで全部をフルセットで購入するしかなかった。ひいおじいちゃんが見栄を張って母のために豪華な着物を買ってくれたのだった。しかし最近では、一度きりしか着ないのに勿体ないという人が多く、しかもレンタルショップが増えたせいで、購入する人は減っている。更に忙しくてお店に行かれない場合は、インターネットで全てレンタルの手続きも出来るらしい。私の受け継いだ母の着物は、もう何十年も経っているが、いまだに色褪せていない。もし将来私に女の子が生まれたら、この着物を着せて7歳のお祝いをしたい。そして代々大切に受け継いでいけたら嬉しい。

 父は二十代の頃からバイクを乗っている。何回も壊れては修理を繰り返して直している。母は父とは反対に、壊れたらすぐに新しい物を買ってしまうタイプだ。例えば、家の精米機が壊れて回らなくなってしまった時に母は、「もう何度も壊れて動かなくなっているから、そろそろ新しいのを買おうよ」と言って諦めていた。しかし父は、「大丈夫だよ。まだ直せるよ。線を繋げばいいだけだから」と言って、ペンチと結束バンドを手にほんの15分くらいで、ささっと直してしまった。その他にも父は若い頃から使い続けている物が沢山ある。

 物を大事にするということは、ゴミを減らし環境に良いだけではなく、人の気持ちや思い出を残せる大切なことだということが分かった。私はいつも、新しい物をすぐに欲しがってしまっていたけれども、インドの人達のように、自分の手で修理して再生して、とことんまで使い切りたい。そして買った時の気持ちや人から貰った感謝の心も忘れずに、一つ一つ大切に物を扱っていきたいと思う。