マツノキハバチから閃きと論理的思考の話へ
中2 ジュンノスケ(akasiyu)
2026年6月3日
筆者は、マツノキハバチの幼虫を研究室で飼育したが、一定温度では何度実験しても全滅してしまった。しかし、高山では昼夜の温度差が大きいことに気づき、昼は高温、夜は低温という環境を再現したところ、幼虫は順調に成長した。ところが学会発表では、「ふと思いついた」という発想の部分は語らず、気温の測定データに基づく論理的な推論として説明した。筆者はこの経験から、科学は論理やデータだけで成り立つのではなく、ひらめきや直感といった人間的な発想が重要な役割を果たしていると述べている。
この文章を読んで僕は、と思いました。
理屈にばかりとらわれているのはよろしくない。直感や閃きも大切である。
近頃僕も創作活動を行うことが多くなってきた。校外学習の事後学習で使うスライドや台本など、これらは、理屈ではどうにもならない。また今書いている作文も同様で、僕の場合は閃きで作品の内容や進み具合、完成度が大きく左右される。難しい作文というのは閃きが出てきにくい題材の作文という具合だろうか。自由な発想、自由なインスピレーション、自由な実例、これらを適切な形に組み合わせて文字にしていく。時間をかけながらも丁寧に、より完成度を上げるためにこだわるのが僕の書き方だ。作文テストのように期限があって、迫られるときは別でいい作品が出来る場合もある。即興性が高いため普段考えても出てこないワードが出てきたりして面白いものに仕上がると思っている。ただそれで面白くなったかどうかは自分では判断できないのだが。(笑)
ただ、全てを閃きや直感に任せるのは違うと感じる。
社会などのテストや、マークを塗りつぶして回答するタイプの問題があった時、「前回の問題が1だとしたら3連で1に持ってくる可能性は低いからここは3だ!」なんてことを考えて回答をしていたら問題の意味がなくなってしまう。しっかり問題を解いて回答することで結果を見られるのに、これでは本末転倒である。選択問題だけではなく、記述問題もあるはずだ。だとしたら、その部分は論理的に文章を書かなくてはならない。なぜその記号を選んだか理由をかいたときに「直感です。」や、「ここまでの回答を考えるとアになる可能性は低くて…」と書くわけにはいかない。やはり論理的思考は欠かせないのだ。
確かに論理的思考もひらめきも大切だ。しかし最も大切なのは、「知識がはしごを作ったのではなく二階に上がりたい熱意がはしごを作ったのだ」という名言があるように、考えようと思う熱意を持つということだ。熱意をもって考えることで論理的思考に結びつく。熱意をもって考えた末に閃きが降ってくる。どちらも考えようという意思がなければ成り立たないもの。考えるということに熱意をもって物事に向かっていきたいと感じた。