世界の中で生きる

   中3 あかるら(akarura)  2026年6月2日

 国際感覚があるということは「自分の意見を持つ」、「正確に伝える」、「柔難に発想する」、「広い視野を持ち、向き合おうとする」、そんな特質を持った人である。近年、グローバル・イシューというものが認識され始めている。ここを発端に、時代は国際化時代から地球時代へと流れを大きく変えている。私達地球市民は、地球上に暮らす全ての人が人間らしく生きることを保証し合う理念によって結びつくべきだ。だからこそ、私は自国の利益だけでなく全地球的な利益を考えられる人間になりたい。

その方法として第一に、好奇心を持つことが挙げられる。近年のSNSの影響か、一つの物事に過度に集中している人々が多いと感じる。確かに人の価値観や好みは多様であるものの、それは他方、広い視野を持っていないとも言えるだろう。これでは自国だけでなく他国も含めた「地球」的な利益の考えられない状態に陥りかねない。例えば、私の友人の一人に区の子供会議がきっかけでアメリカへ飛び立った人がいる。彼女は幼いころから知的好奇心やチャレンジ精神に溢れており、それが会議への参加の動機になったのだろう。長年の活動の末、彼女は区の子供会議で提言をまとめ、ついに代表者としてアメリカで発表するという貴重な経験を得ることができたのだ。様々な活動は受験に備えたものだと考えることもできるが、これは決して外的要因では成し得なかったことだろう。これはさらに彼女の視野をより広げたことは間違いない。もちろん、好奇心さえあれば良いというのではない。その好奇心を発揮するステップを確実に踏まなければ、目標は達成されない。世界でも通用する教養と好奇心は世界に羽ばたくためのエネルギーとなるのだ。

第二の方法として、相手との新しい関わり方を考えることである。日本では「同調圧力」が根強く残る。だからといってすぐに議論を始めれば良いというのでもない。相手の話に聞く耳を持たず、自論ばかりを展開していても意味がない。これでは未熟者と捉われかねない。私の学年でも、ディスカッションなどの協働的な活動の際、相手の考えを厳しく非難する人がいる。時にその批判から解決法が導かれることがあるが、自分以外を集中的に攻撃する姿は目に余る。どんなに魅力的なアイディアが出ていたとしても彼女の好みで決定されてしまったことも少なくない。全地球的な利益を考えるためには自国だけでなく他国を考える、つまり、自分と相手について考慮する必要がある。だからこそ、目の前の相手との接し方を見出すことも全地球的利益を考える方法の一つではないか。確かに「敵のいない人はいない」と言う人もいる。しかし、初めから決めつけず、自分から常にオープンにいることが仲間を増やし、最終的に見方を広げるのだ。

確かに、自国の利益がある程度なければ、全地球的な利益は考えられない。近年まで話題になっていたSDGsが存在感を弱めているのも、相次ぐ戦争や災害で余裕を失い、自国の安全と利益を追い求め、世界全体が共有する長期的な課題に目が向いていないからだろう。 世界を見て思考を広めるには世の安定も必要なのかもしれない。しかし「国境線は見えなかった。見えたのは、ただ一つの美しい地球だけだった。」という言葉がある。「自国」という区分も必要だが、必ずしもそれに従えば良いというものではない。皆の利益を追い求めた国際協力こそ国境を越えて行われるべきである。どの国も短期的なトラブルで頭を悩ませている今だからこそ、新しい視点を投げかけるために、全地球的な利益を考えられる人間に、私はなりたい。