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井上丈太朗

 ノンフィクションには事実を完全に再現したり真実の核心に到達したりすることはできない。しかし、事実の断片をそのまま示すことで、その質感や大きさを伝えられる。書き手の主観の混入は避けられず、ノンフィクションは事実に関する一つの仮説として成立するものである。

事実をありのままに伝えることはとても大切だと考えている。そう考えている理由は、事実とは違うことを伝えてしまうと、人に迷惑をかけたり、誤解を生んだりするからだ。私が小学校五年生の時のことだ。休み時間に、友達が教室で走っていて転んでしまった。その様子を見ていた私は、友達が自分で転んだことを知っていた。しかし、その場を見ていなかった人たちの間で、「誰かに押されたらしい」という話が広まっていた。もしそのままになっていたら、関係のない人が疑われてしまうかもしれないと思った。そこで私は、先生に「私が見ていた時は、一人で走っていて転びました」と伝えた。すると先生は事情を理解し、みんなにも本当のことを説明してくれた。そのおかげで、間違ったうわさが広がらずにすんだ。この経験から、事実を正しく伝えることの大切さを学んだ。今はSNSなどで情報がすぐに広まる時代だからこそ、聞いた話をそのまま信じたり広めたりするのではなく、本当に正しい情報なのかを確かめることが必要だと思う。これからも、事実をありのままに伝えることを心がけていきたい。

私は、創作を加えることで、かえって真実に近づくこともあると感じる。小学五年生の時、国語の授業で思い出に残っている出来事を作文に書くことがあった。私は運動会でリレーを走った時のことを書いた。しかし、実際に起こったことだけを書いてみると、「走った」「バトンを受け取った」「ゴールした」という説明だけになり、その時の気持ちがあまり伝わらなかった。そこで私は、「心臓が飛び出しそうなくらい緊張した」や「ゴールがいつもより遠く見えた」などの表現を加えた。もちろん、本当に心臓が飛び出したわけでも、ゴールが遠くなったわけでもない。しかし、そのように書くことで、当時の緊張や不安を読む人に伝えることができた。この経験から、事実をそのまま並べるだけでは伝わらないこともあると分かった。少し創作を加えた表現によって、その時の気持ちや出来事の本当の意味をより正確に伝えられる場合もある。だから私は、事実を大事にしながらも、相手に真実を伝えるための創作には価値があるはずだ。

たしかに、真実をありのままに伝えることも創作を加えてより真実に近づく方法もどちらも重要だ。しかしもっと大事なことは「カメラマンは、レンズのほこりを払う前に目のほこりを払わねばならない。」という言葉があるように、いちばん大切なことは、相手に伝えるという行為に責任を持っていくことである。