テレビで見える戦争の部分と(清書)
中3 あえもま(aemoma)
2026年6月4日
テレビでは見えない部分がある。実際に私たちが見ているのは全体の一部にすぎない。明るい部分が際立てば際立つほど、逆に影の部分やその形もはっきりと見えてくるとも言える。明るい部分とはつまり映像や情報の流れている部分、暗い部分とは映像が秘匿され、流れてこない部分である。しかし、人間はテレビで見たことは自然に納得してしまいがちだ。そのために私は、表面に惑わされず、物事の本当の姿を見極められる人間になりたい。そのためには、どうすればよいのだろうか。二つの方法が考えられる。
そのための方法としては第一に、目に見えるものを、まずは疑ってみることだ。私は学校への道や駅などで、「〇〇塾に通うだけで偏差値20アップ!~最短の合格への道~」といった勧誘ポスターをよく見かける。確かに、その言葉だけを見ると、とても魅力的に感じられる。本当にこの塾に通うだけで偏差値を20も上げられるのなら、それはとても都合の良いことだと思う。しかし、本当に全員の成績が上がるのか、どのような勉強法なのかまでは書かれていないことが多い。このように、表面に見える情報だけをそのまま受け入れてしまうと、事実とは異なる印象を持ってしまう可能性がある。実際に資料を調べてみると、偏差値が上がった生徒だけを強調して紹介していたり、高額な費用が必要だったりする場合があった。だからこそ、「本当に正しい情報なのか」と一度立ち止まって考えることが大切だと思う。情報があふれている現代社会では、目立つ言葉や映像に流されず、自分自身で考え、判断する力が必要である。そのために「まずは疑ってみる」ということが有効な方法の一つであるのだ。
第二の方法としては、さまざまな立場や意見に触れた上で自分の考えを持つことだ。その理由は、一つの考えだけを信じ込んでしまうと、偏見や対立が生まれやすくなるからだ。私も友人と好きなゲームやバンドの話になると、「いや、それは違う!」と言い合いになることがある。それでも、お互いの意見を聞いてみると新しい発見がある。その例として、ネルソン・マンデラの生き方が挙げられる。マンデラは、南アフリカで行われていた人種差別政策「アパルトヘイト」に反対し、長期間にわたって投獄されていた人物である。普通であれば、自分を苦しめた相手に対して憎しみを抱いていても不思議ではない。それにもかかわらず、彼は自分の立場だけで物事を考えるのではなく、白人側にも不安や事情があることを理解しようと努めた。そして、多くの人々の意見や立場に耳を傾けたうえで、「対立ではなく対話を選ぶべきだ」という自分自身の考えを持ったのである。もし、復讐心によって対立を選んでいたならば、南アフリカではさらに大きな争いが起きていたかもしれない。しかし、マンデラはさまざまな立場を理解しようとしたことで多くの人々をまとめ、国の平和と和解に大きく貢献した。このことから私は、異なる意見にも耳を傾け、多角的に物事を考えたうえで、自分なりの考えを持つことによって物事の本当の姿を見極められる人間になれると思う。
確かに、映像による情報はわかりやすく、効果的に情報を伝えることができる。しかし、目に見えるものだけをそのまま信じてしまえば、情報に流されてしまう危険性もある。だからこそ、私は「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである。」というアルベルト・アインシュタインの言葉もあるように、当たり前を疑い、表面に惑わされず、物事の本当の姿を見極められる人間になりたい。