楽しみな授業
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年月日
楽しみな授業
「何してる!」
教室に大きな声が響き渡り、みんなドキッとした顔で先生を見つめる。
私は新体操を習っている。三年生の頃からやっていて大会にも何回か出たことがある。
新体操はやりたくないが母に、
「しせいが悪いから」
と言われいやいや始めた。最初の大会に出る前には大会が終わったらやめようと思っていたが、大会に出て、自分の実力が出せることが分かり、新体操を続けることにした。
先生はロシア人で日本に十年以上も住んでいて、日本語はもちろんペラペラだ。先生も小さい頃、私と同じように新体操を習っていたらしい。ロシアは新体操がとても強く、練習も大変だったと聞いた。先生は、努力を続け先生になれるまで勉強し、わざわざ日本まで来て、教えることにしたのだ。そんな先生は普段はとても優しいが練習になると急に真剣になる。特に大会の前はとても真剣で時には、
「何してる!いつでもドア空いてる!もう出ていけ!」
と起こることもある。しかし、先生は時々日本語を間違えたり、例えたりして面白い発言をすることがある。間違いに関しては、日本語を頑張って勉強したから間違いはあると思っている。例えで印象に残っているのは、
「檻の中の猿みたい!」
や、
「死んだ魚みたい!」
などだ。それに加えてジェスチャーまでついてきて、ついでに変顔もしてくる。普通のレッスンならまだいいが、怒っている最中にしてくると笑ってはいけないのに、みんな笑いを堪えるが結局は吹き出して爆笑してしまう。やっている先生自身も少し笑っていてまるで、お笑いみたいだ。そんな先生に教えてもらうと時々ふざけて面白く、怒られたときは悲しいが、その分やる気が出る。私はもともと体がすごくかたかった。しかし、先生に教えられたおかげで硬かった体が、ここまで柔らかくなり大会も出られ、クラスのみんなからも、
「すごい!」
と言われるようになって、とても嬉しかった。ずっと先生に教えてくれてありがとうと感謝している。
母に、
「面白い先生っていた?」
と聞いてみた。すると、
「高校の時の古文の先生かな?」と教えてくれた。その先生は、少し体が大きく、面白いそうだ。
「でも、よく話が脱線して違うことを話し出すの」
と言った。話が脱線すると、授業が進まないんじゃないのと思ったが、
「でもね、その先生に教えてもらったクラスは成績が良かったんだって」
と言われ驚いた。私は、
「えーーー!」
と叫んでしまった。だって、話を変えてしまうとじゅぎょうをする授業をする時間が無くなりそうだし、クラスのみんなも関係ない話をしてしまって学力も上がらないのではないか。でも先生のことはたくさん知れて仲よくなれそう!と
思った。母は、
「時には話が脱線だっせんすることも大事なのかもね一」
と言っていた。私は考えを変え、共感した。確かにその先生が面白いなら、古文の授業が楽しく感じられ、楽しみに思えるのではないかと思ったのだ。そんな先生の口癖は、
「私、昔はもやしっ子でしたからねぇ」
で、みんな爆笑したらしい。先生は何度も言ってそのたびにみんなを爆笑させたらしい。
真面目な先生もちゃんと勉強できるからいいけど、私は面白い先生のほうが好みだとわかった。なぜかというと、楽しい先生だったら授業が楽しくなり、楽しく受けられるからだ。これは人によって違うが、私はもし真面目な先生か楽しい先生だったら、楽しい先生を選ぼうと思う。今、担任をしてくれている先生も、学校で一番面白そうなのでたくさん話して、楽しく授業を受けたいと思った。