他人に目を向けてみる(清書)

   小5 はるまき(akoruka)  2026年6月4日

  ヨーロッパの人の耳には、あの美しいコオロギの鳴き声も雑音のようにしか聞こえないという話をどこかで聞いたことがある。私達は、実際の体験を通じて色々な知識を身につけてゆくのだと、単純に考えている。だが、むしろ私達は、他人から知識を与えられることによって、自分の体験を幅広いものにしていくといった方がよいだろう。私がこの長文を読んで一番印象に残ったことは、ヨーロッパの人は、コオロギの鳴き声が雑音に聞こえるということだ。私は、コオロギや鈴虫などの、夜空にきらめく星のような鳴き声が大好きである。だが、この美しい鳴き声が雑音に聞こえる人がいるなんて、想像もしなかった。

 自己紹介などで、よく「きのこの山とたけのこの里、どっちが好き?」という質問がある。私はどちらも小さい頃に一回ほどしか食べたことが無いが、なんとなく、チョコレートが多そうな「きのこの山」に一票入れていた。また、クラスでどっち派かと論争になれば、

「私はきのこの山派でーす!」

と声をはりあげていた。だけどいつもたけのこの里派の方が多くて、たけのこの里の方が美味しいのかなぁ⋯なんて自分を疑っていた。そこで母にどっち派か聞いてみたところ、

「きのこの山はクラッカーみたいだけど、たけのこの里はほろほろしたクッキーで、たけのこの里の方が好きかなぁ。」

という話が母から飛び出てきたのだ。そして私は、母もたけのこの里派ならば、私もたけのこの里派なのかもしれないと思い、実際に食べてみると、やはりたけのこの里の方が美味しかったのである。たけのこの里の良さが知れて、何だか嬉しい気持ちになった。

 私はこの出来事を通して、なぜ人によって美味しく感じるものが違うのかが気になった。まず人は、食べ物の中の成分が舌にある「味蕾」に触れ、その味が脳に伝わることによって、味を感じているそうだ。そして、遺伝によって変わる「味蕾」の数や敏感さで、味の感じ方が人によって違うらしい。つまり、苦味を強く感じる人も、あまり感じない人もいるということだ。また、人間の脳というのは、これまでに何度も食べて安心している味や、楽しい思い出と一緒に食べた味を、美味しいと感じるようにできているそうだ。確かに私も、小さい頃に親友と一緒に食べたスモアは、今も大好きである。

 人は、自分の知識を正しいと思いこむことがよくある。これは良いことでもあるが、私は母の知識でたけのこの里の美味しさを知ったし、この長文を読んで、ヨーロッパの人の耳は日本人と違うということも知った。そして、たまには自分と違う好きなものを持った他人の知識にも耳を傾けてみると、今まで知らなかった新しい世界が見えて、視野が広がるかもしれないということがわかった。だから、「おい、しくしく泣いてないで、この食べ物をおいしく食べろ!」なんて言わないで、人の味覚や聴覚にも目を向け、新しい世界を広げていきたい。