2026.6.4
()
年月日
私は、『思想史の中の科学』という文章を読んだ
終末論的な悲観論を逆転させた、地球、生物界、そして人間社会の歴史が「悪い状態から良い状態へ」の「進歩」の歴史である、という楽観主義は、まさしく啓蒙主義と産業革命の所産であった。生物進化論はそうした「社会進化論」と密接に連なっている。ダーウィニズムは社会思想から重要なフィードバックを受けていたが、今度はダーウィニズムが人類の「社会」的問題を扱う思想領域へ逆にフィードバックすることになった。「人間」が「人間」の素質の善・悪を判断し操作するという思想がきわめて危険であり、これまでになかった「人間の手による人間の人為淘汰」という思想の合理化さえ行なわれじんいとうたるようになったことは注意しなければならない。
ダーウィニズムの加速によって間違った人の間での優劣の付け方が予測される。
第一の対策には、科学だけでなく、倫理教育を充実させることである。実際日本の教育システムの中に居る身からして、教育現場では物理や化学のような科学的な教育や、数学という理論的な学問を深く学習しているが、道徳や倫理観などの教育を受けた記憶はない。しかし、この現代社会では倫理観などは大変大切だと思う。しかし、それは社会で実際自分で理解して自分で習得しなければならない。けれども、全員が全員取得できるわけではなく、不当な差別が生まれる。しっかり若いうちから倫理感、特に他人との接し方を教育することでそのような差別を劇的に減らすことができると思う。
第二の対策には、科学的理論を社会や人の価値判断に安易に当てはめ内容にすることである。科学的にいろいろなことを近年知るようになった。例えば、黒人のほうがアジア人よりも身体的長けていることは科学的に証明されていることだが、だからといって人としての価値は変わらない。しかし、そのようなことは起きている。科学というわけではないが、アメリカで奴隷制度の初期多くの奴隷売買人は聖書から引用して正当化をしていた。
たしかに、ダーウィンの進化論は間違っていないと思う。しかし、それを人の価値判断としてはならない、「Judge a man by his character not by his apperance」と言えるように、人の判断はその人の見た目でなく、言動であるべきだと思う。
高橋先生へ
先週は出席できなくてすみません
長い間お世話になりました。
先生のおかげでほぼ第二言語だった日本語を今では武器の一つになっています。
言葉の森で習ったことを使えるものにして、残りの半年受験勉強頑張ります。
本当にありがとうございました。
また何かあればよろしくお願いします。
山本一喜