地球市民の意識(清書)

   中3 あおらえ(aorae)  2026年6月4日

 国際感覚とは、単に外国語を流ちょうに話したり、外国人と親しく交流したりできることではない。その意味は人によってさまざまだが、自分の考えを持ち、異なる文化や価値観を理解しようとする姿勢を備えていることが重要である。現代では、自国の利益だけを優先すればよい時代ではなくなっている。環境問題や貧困問題、紛争などの地球規模の課題は、一国だけでは解決できないからである。また、交通や通信技術の発達によって世界中の人々の結び付きは強まり、国境を越えた協力がますます必要になっている。そのため私たちは、国家の枠にとらわれず、地球市民として広い視野を持ち、世界全体の利益を考えながら行動することが求められている。だから私は世界的な利益を考えられる人間になりたい。

 世界全体の利益を考える第一の方法として、物事を多角的にみるということが挙げられる。一方からの見方に偏らずに、第三者の視点にたって物事を考えると見えなかったものが見えるようになる。例えば、桃太郎という昔話では桃太郎の視点から出来事が描かれる。きび団子で仲間を増やしながら鬼ヶ島へ鬼退治に行くが、これは鬼から見ると一方的に攻められ、殺されたと感じるかもしれない。そう考えるとこの桃太郎の行為は理不尽だと考えられ、鬼退治という一方的な行為に反対だという立場の人が現れるだろう。このように、身近にある話でも、立場を変えてみれば新たな考えにたどり着くかもしれないし、そうでなくとも相手に対する理解は深まるだろう。

 第二の方法は自分のしっかりとした意見を持つことだ。自分の意見を持っていなければ人の意見に流され、振り回されることとなり、とても世界の利益を考える状況ではなくなってしまう。例えば、数年前に私が通っていた小学校であった学級会では自分の考えというものを全く持っていなかった。そのため、最初に発言した人の意見がもっともらしく聞こえ、それに賛成したが、その後に出てきた別の人の考えのほうがよさそうに思えてそちらの考えを支持するようになった。しかし、自分の独自の考えをその出来事の後に考えようにも自分の支持する意見が常に頭の片隅にあり、それに引っ張られた考えしか思いつかなくなってしまった。このように、自分の意見を持っていないと周囲の意見を聞いた際に同調するだけの人になってしまう。

 確かに、全体の利益を優先するからといえども個人の利益を削ることになると結局不利益を被る可能性がある。また、考えるべき利益の対象である全体には数多くの人やその他の事象が含まれていて、そのため全体の利益に対する考え方は枚挙にいとまがない。全体の利益によってある個人は損をし、別の個人は得をするという可能性も排除することができない。しかし、「平和は力では保たれない。それは理解によってのみ達成される。」というアルベルト・アインシュタインの言葉もあるように、桃太郎のような力による一方的な解決でなく、様々な観点・視点からの理解をしたうえでの解決を目指す必要がある。理解することで、全体の利益を考えることができ、また自分の考えも一方に偏ったものになりにくくなる。それはつまるところ世界的な利益について考えられたということである。