人間と自然の距離

   小6 あえたし(aetasi)  2026年6月4日

 人間の良識とは、その数が激減している動植物に対し早急に保護の手を差し伸べることである。しかし絶滅が確実視されているまで放置したあとで、救済努力を傾注するということに大きな矛盾を感じる。日本の自然保護はアメリカほど徹底していないが、アメリカが自然保護で先進国となった一因は他国より早く自然を破壊したことも考えられる。筆者は今日でも自由に昆虫をとらえて飼育観察できる日本に幸せを感じている。

ぼくがこの話を読んで一番印象に残ったことは、人間は自然保護していると同時に、自然破壊しているということだ。

ぼくはコロナの時、虫取りに行ったことを思い出した。コロナが流行っているので人が多い都会は危険だったので、よく森に行って遊んだ。森に入るといろいろな音がたくさんの方向から耳に入ってきて、まるで森のオーケストラの中に立っているようだ。少し驚いた後に、お目当てのクワガタを探すことにした。すると、なんと木の穴を見ただけで二、三匹がすぐに見つかってしまった。ぼくはこの森はこんなに豊かだなんて嬉しいなとにこっと笑った。

しかし、最近森に行ったとき、森は大きく変化していた。森はうっそうとし、辺りはしんとして、何の音もなかった。ぼくは前クワガタがいた期の穴も見たが、いたのはアリ一匹のみだった。樹液が出ているところも、虫はわずかにしかいなかった。まるでニ、三年のことがなかったように、森は姿を変えてしまった。ぼくはあらためて、小さな自然破壊を実感した。

ぼくは自然保護のためには、人間と生き物が共存することが大切だと思う。しかし生き物と共存することは容易なことではないと感じることがあった。最近ぼくの家のベランダに、一匹の立派なハトがやってくるようになった。初め、ぼくとお母さんはハトがともあっている姿がかわいいと追い払わずにいた。しかし、日に日にベランダに飛んでくる回数が増えてフンが床に落ちていることが多くなった。お母さんは毎朝ハトのフンを掃除しなければならないから、ハトが来るたびに追い払うようになった。さらに困ったことに、ハトがつがいでやってくるようになり、脅かしても全く飛び去る気配もなく、ほうきで追い払わなければならない事態となった。調べてみると、どうやらハトは巣作りをするつもりのようなのだ。お母さんは巣を作らせては大変と、ハト除けを置いてハトが入ってこられないように工夫をした。

我が家のハト事件は、今日本で問題になっているクマの出没と似ていると考えた。どちらも野生の動物が人間の住むところに侵入する事件なのだ。このような事件が起こる理由は、自然破壊ではないか。このような自然破壊を防ぐにはどうすればよいだろうか。ぼくは自然を守るには、まず破壊しないように努力することが一番重要だと考えた。なぜなら破壊することを止めないと保護するそばから、自然環境が壊されてしまうからだ。

破壊を止まると、自然は自分で回復して保護が必要になった例もあるほどだ。だから、ぼくは人間は自然に関わりすぎず、遠すぎない距離をとることが肝心だと考えた。