時代の先駆者として
高2 あおそふ(aosohu)
2026年7月1日
世間では、得意なものを伸ばすか苦手なものを直すかという問いが立てられることが多い。しかし理想は、得意をのばして苦手を直すこの二つを両立することであり、それが求められている。だからか、だいたいの人は「あなたが得意とすることはなんですか」と聞かれたときなんと答えるか悩むはずだ。日本人の謙虚さゆえに自信を持って答えにくいかもしれないが、それ以上に現状を打破するためではなく、現状を追認するために得意分野と苦手分野が使い分けられていることが要因であると考えている。日本社会において得意分野を持てない人が増えていることは問題だ。
その問題を生んだ第一の原因は、日本人特有のなんでも横伸び意識である。
みんなとおそろいであることに喜びや安心を感じるのに対し、おそろいいれはないときは、孤独や不安を感じる。そのため、みんなとおそろいにしようと頑張る。これが日本人特有の横伸び意識である。よく耳にする例は、子供の成長過程である。私自身、赤ちゃんのとき他の子よりも歩き始めるのがおそかったらしく、みんなとおそろいではなかった。母は、そんな私にあせることなく無理に歩かせようとはしなかった。結果的に、ハイハイする時期が長かったので他の子と比べて足腰がつよくなったのだ。苦手とかんじるのは、みんなとおそろいじゃないからそうおもうだけでそのなかに潜在能力があったりするものだ。沢山の人の潜在能力が発揮されるよう横ばい意識をうすめていく必要がある。
第二の原因は、日本の社会がこれまで欧米に追いつくことを主な目的としていたことだ。
太平洋戦争敗戦後という絶望的な状況から這いあがり、たった一〇年で高度経済成長となった。その高度経済成長を主にささえたのはサラリーマンである。大正から昭和初期にかけて誕生したサラリーマンは有業者全体の約五%だったのに対し、高度経済成長期には約四二%から五三%へと大幅に増加した。こうした社会変化により、職人などのある特定の分野にたけている労働者ではなく、平均的な能力を身につけている人が労働市場において求められるようになった。一方で、得意を伸ばして新しいことを生み出す人や苦手でも挑戦する人はあまり求められなくなった。日本社会が欧米に急速に追いつくためには、この制度は適しているが、これからは時代の先駆者として走るためには「一定水準までできる人」を量産し続けるにはいけないのだ。
確かに、苦手分野を放棄して得意分野を伸ばすことだけに従事していたら、得意を発揮する場で苦手分野が足を引っ張ることが出てくるかもしれない。しかい、日本社会、全員が一定水準までできる人の集まりでは先述したように時代の先駆者として更なる発展が期待できない。戦後からはいあがった日本経済を停滞させてよいのだろうか。私たちは、得意と苦手のバランスを考える必要がある。