持ちつ持たれつ

   高3 わのき(wanoki)  2026年6月3日

 ダーウィニズムが社会思想にも影響を与え、このままでは競争社会に益々拍車がかかり、人々の間の格差が広がることが問題だ。

 格差が広がらないための一つ目の対策としては、まず、ダーウィニズムの考え方に囚われすぎないことだ。例えば、印象派の画家たちは、生きていた当時はとても非難されていた。客観で描くリアリズムが主流だった時代に、自分の感覚や主観で描く印象派が出てきて、もちろん当初は社会に受け入れられなかった。印象派という名前も、元々は彼らを揶揄するためのものであった。だが、今や印象派は立派な芸術の歴史の一部であり、多くの人が好む芸術の一派の代表としての立場を確立している。現在の芸術の多くが、見る人の感情に訴えかけるようなものになっているのも、この印象派があってのおかげである。印象派の前は絵は、ただの人の肖像画出会ったり、物語を伝えるだけのもであった。それこそ、写真に取って代わられるものと言えよう。そこへ印象派が作られたことで、芸術はまた意味を持ち、また新しいものが作られ始めるようになった。このように、初めは「不適」と思われるようなものでも、時間を経て適合し得ることがあるため、ダーウィニズムのか考え方のように、今、不適合だからと言って排除するべきでは無い。

 社会的な格差を広げないためのもう二つ目の対策としては、社会全体で、支え合い、寄り添い合うことだ。たとえ社会的弱者であれ強者であれ、持ちつ持たれつの関係を持つことで、団結して全ての人に優しい社会を築いていける。江戸時代から明治初期にあった寺子屋は、どんな子供でも読み書きやそろばんなどの初等教育を受けられる民間施設であった。それらの初等教育だけでなく、それぞれの子供の家業に合わせた実用的な知識や道徳を学ぶことができた。だが、今の学校とは違い、教育を施す側の大人たちは、教員免許を持った教育を仕事とする人々ではなく、地域の知識人たちが本職の傍らやボランティアに近い形で教えていたという。それに、授業料は一律ではなく、教え子の親の経済力や職業に合わせて謝礼を受け取っていたようだ。寺子屋を開く目的として、名誉と社会貢献が多かったようだ。実際、子供達に知識を与え、未来を築く手伝いをすることで、地域住民からも尊敬され、社会貢献できる。これ以上にWin-Winという言葉にふさわしい状況があるだろうか。これのおかげで、世界最高水準の識字率を保っていた時期もあった。このように、社会全体で支え合うことで、社会の基礎水準を上げることができ、皆にとってより良い場所にしていくことができるはずだ。

 確かに、今の資本主義社会では、格差を完全に拭い去ることは難しい。しかし、社会は人を振り落とす大きな腕ではなく、人を掬い上げる大きな腕であるべきである。資本主義社会の現代において、貧富の差はどんどん明確に開いてきている。だからこそ、私はどんな人にも手を差し伸べられる社会を作ることを心がけて生きていきたい。社会全体が誰にでも手を差し伸べられるようになれば、未来は皆が手を取り合って助け合いながら生きているかもしれない。そんな社会を志すべきである。