手助けの良さ
中2 あけゆや(akeyuya)
2026年7月1日
僕が部活動で手を骨折してしまって、6週間ほど利き手がギブスの状態で学校生活を送ることになって、学校で移動教室の授業のときに、自分の周りにいた友だちが自分の教科書などを持ってくれる、という手助けをしてもらったことがあった。逆に自分は、中間テストの数日前に、放課後の学習教室で友だちが英語の文章問題で苦戦しているときに、丁寧に説明してあげた、という手助けをしたことがあった。
確かに手助けはよいと思う。困っている人の手助けをしてあげるのは当然のことである。自分も、前に駅で道に迷っている人に自分から勇気を出して話しかけてあげて、道を教えてあげて感謝された、という経験がある。だから、もし身近に困っている障がい者やけがをしている人、高齢者などを見かけたらなるべくその人に声をかけて、手助けをしてあげたいと思った。また、もし自分が困っていたときに、誰かに手助けをしてもらえるととてもうれしい気持ちになる。実際に、自分が両手がバックを持っていてふさがっている状態で店のドアを開けようとしたときに、近くでそれを見ていた人が開けてくれたということがあった。
しかし、手助けが邪魔になってしまうこともある。たとえば、小さなこどもが一生懸命になにかをしているときに、手を貸してしまったら、そのこどもは自分でなにかを成し遂げたという達成感を味わうことができなくなってしまうかもしれない。僕も、小学生のころに、電子レンジを自分で使おうとしたら、危ないから、と言われて使わせてもらえなかった。だから、今でも電子レンジの使い方がまだわからないので、結局親にやってもらっている。だから、このような場面では、ほかの人に手助けをしてもらいたくないときもあるはずであると思った。そのためには、まず目の前の相手をよく見て、その人が今本当に手助けが必要かどうかを考えて行動したい。
確かに、手助けには良い面も悪い面もある。しかし、一番大切なことは、「大切なのは、健康らしい外見ではなく、健康自身である。」という名言があるように、手助けをするにしても、しないにしても、それが見せかけのやさしさではなく、そこに本当に相手に対する思いやりがあるかどうかということである。だから、これからは、手助けをしてもいい状況や、手助けをしなくていい状況などを判断していこうと思った。そのためには、日ごろから周りの人をよく観察して、相手が今、何を求めているのかを感じ取る力ようにしていかないといけないと思った。これまでは、自分が助けたい、という勝手な自己満足だけで動いてしまっていたので、これからは、自分の感情だけで動くのではなく、本当に相手が手助けをしてほしいようなときだけ動くようにしていきたい。