カメのようにコツコツと

   中3 あかさほ(akasaho)  2026年7月1日

 イソップ童話に「うさぎとかめ」という話がある。ある日、うさぎとかめが競争をすることとなる。うさぎは自分の力を過信してしまい、途中で居眠りをする最中にかめに追い抜かされ、そのまま負けてしまう。確かにかめは遅いが、着実に歩くことが大切だという見方や、うさぎのように傲慢な態度をとると悪い影響がでるという見方がある。しかし、どちらがよいかといわれると人によって分かれる。また、どちらのような手段をとるかというのも、それを行う対象によって異なる。例えば一息に仕上げたほうが良い場合もあるし、ひとつひとつ堅実に積み上げていくほうが良い場合もある。私はカメのように、急がずコツコツと物事を進めて生きていきたい。

 一つ目の方法は、いきなり大きな目標を立てずに、小さな目標に向かって行動することだ。バレエで、片足で立ちながら、もう片方の足を勢いよく振って、その反動でくるくる回るのを、片足を下さずに続けるグランフェッテという技がある。私は、小さい頃からバレエを習っているが、グランフェッテにずっと憧れている。とても難しく、大学生のお姉さんでも、何回も連続で回ることはなかなかできない。小学校四年生の頃、初めてトウシューズを履き、簡単な回転の技を習った。その技はピルエットと呼ばれ、その頃は一回転も回ることができなかった。しかし、回転の技を習ったので、ずっと憧れていたグランフェッテの真似をしてみた。何度も挑戦したが、一回もできなかった。そこで、まずはピルエットを完璧にできるようにしようと考えた。毎日寝る前に練習し、一回転できるようになった。そこで、次はグランフェッテよりは少し簡単なターンフェッテに挑戦した。この技はグランフェッテと似ているが、違うところは足を下ろしていいということだ。グランフェッテでは、足を振った勢いを利用して足を地面に下ろさずに回る技だ。しかし、ターンフェッテでは、一回転するごとに足を下ろし、連続でピルエットを行う。足を地面に下ろしていいということで、かなり難易度が下がるのだ。ターンフェッテを寝る前に毎日練習し、長い間回り続けることができるようになってきた。そこで、中学3年生になってから、グランフェッテに挑戦してみた。最初の頃はできなかったが、毎晩練習しているうちに、見た目は良くないが2回は連続でできるようになった。最近は、見た目が少し良くなってきたと思う。このように、挑戦してみてできなかったことでも、段階を踏んでコツコツと練習すればできるようになることがある。なので、私はむやみに先を急がずにコツコツと練習していきたい。

 二つ目の方法は、失敗を恐れずに、とにかく行動してみることだ。本田宗一郎は、「失敗を恐れず挑戦すること」を大切にした人物として有名だ。日本を代表する実業家で、本田技研工業の創業者でもある。1906年11月17日、静岡県で生まれ、小さい頃から機械いじりが好きだった。15歳で東京の自動車修理工場に入り、修理の技術を学び始めた。その後、自分で工場を開き、「もっと性能のよい自動車を作りたい」と考えるようになった。まずは自動車の部品であるピストンリングを作ろうと考えたが、最初に作った部品は品質が悪く、採用されなかった。「なぜ失敗したのか」を調べ、材料や製造方法を一から勉強し直した。何度も試作品を作り、改良を重ねた結果、ようやく認められる部品を完成させた。しかし、その後も困難が続いた。工場が戦争で大きな被害を受け、地震で工場が壊れた。その結果、資金が不足してしまった。それでも、本田宗一郎は、失敗を恐れず挑戦することを大切にしていた。戦争が終わった頃、自転車に小さなエンジンを取り付けた乗り物を作った。すると、多くの人に喜ばれた。これをきっかけに1948年、本田宗一郎は本田技研工業を設立した。その後、バイクでは世界トップクラスのメーカーになり、自動車では世界中で販売される会社へと成長していったのだ。本田宗一郎は「成功は99%の失敗に支えられている。」や「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ。」という名言で知られている。どれだけ困難が続いても、「今できることをやろう」と考えたのだ。たくさんの努力が実り、大きな会社を設立させた。このように、失敗を恐れずに努力することで努力が実ることがあるのだ。

 確かに、誰よりも早く進んでいく生き方にも良さがあるだろう。しかし、私はむやみに先を急がずに、目標に向かってコツコツと頑張って生きていきたい。