ただ、ひとつ留意しなくては
中2 すりりんご(akimano)
2026年7月2日
日本語文化圏とフランス語文化圏の違いに赤ちゃん言葉の使用がある。日本語文化圏では、食べ物を「マンマ」と指し、自動車を「ブーブー」、犬を「ワンワン」となる。赤ちゃんはまだ外的事物の区別に長けていないため、動く人工物全体を「ブーブー」、人以外の動物を全て「ワンワン」に総称することもしばしばある。これら一群の単語は、大人が赤ちゃんに向かって語りかける時にもまったく同じ要領で使用される。赤ちゃんの言語使用の次元に大人が同調することで、双方の交流を促そうとする努力の現れであるとみなすことができる。一方、フランス語文化圏では、赤ちゃんことばはほとんど聞かれない。わずかに「ねんね」が「ドド」、「おっぱい」が「ロロ」、「おしっこ」が「ピピ」、「うんち」が「カカ」の四語とあといくつかが散見されている。それ以外には、赤ちゃんに対しても、大人に対するのと大差ない言葉の用法を使用する。母親語は歴然として存在する。赤ちゃんことばの現象は文化によって左右され、母親語は文化の違いを問わず、普遍的である。赤ちゃんことばを採用した日本式のしつけ方は、当然、日本文化で育つ子どもの性格形成に大きな役割を果たしている。
子どもを中心にして愛情たっぷりの子育てをすることは良い。私は、学校に卓球部がないため、地域のクラブチームで練習している。卓球の練習の一つに球出しという練習方がある。コーチがボールを打ちそのボールを打ち返すというものだ。その時には必ずボールがあちこちに散らばる。そのため、保護者に虫取り網を使ってボールを拾ってもらっている。拾ってもらうことですぐにコーチからボールを打ってもらえ、練習が充実したものになる。また、先輩のお父さんは四人の子供、全員に強くなってもらいたいため、昼は整体師として働き、夜は工事に関わる仕事で働いているそうだ。このようなため、卓球に集中できる。それ以外にも勉強や習い事でも、私たち子どもは安心してすることができる。日本では、子供のために一生懸命に親が動いてくれることなどから信頼される人間が育つ。
しかし、子供を一人の大人としてけじめのある子育てをすることも良い。以前、「世界とキレル」という本を読んだことがある。その本はスマホ依存症になった主人公と依存症の人達が一つの建物に召集され、スマホがない中でルールやマナーを守りながら数日間過ごすというお話であった。その主人公はスマホがないと生きていけないほどの依存症であったが、このスマホを使わない数日間を過ごしたことによって、今後の過ごし方やスマホとの付き合い方を見直していた。そうすることでこの主人公はスマホに頼り過ぎない生活を送れることになるだろう。そして、マナーやルールがきちんとしていたら、自立できる人間になるだろう。子供はいつまでも、子供部屋にいることはできない。いつまでも子供ではいられないからだ。だから自立する必要がある。
確かに、子供の目線にあわせた子育てにも、子供を小さな大人として扱う子育てにもそれぞれよさがある。しかし、ロバが旅に出たところで、馬になって帰ってくるわけではない、という名言があるように自分の手で愛情を持ちながら子どもを育てることが大切だ。愛情を持つ子育ては、日本語文化圏でもフランス語文化圏のどちらの子育てにも通用するのではないか。