お米から見る食文化

   小6 あえたし(aetasi)  2026年7月2日

欧米の会社はケーキミックスを日本に売ろうとしたが、上手く売れなかった。なぜなら、日本人はケーキを炊飯器で焼くのに抵抗があったからだ。日本で米は特別な意味を持っていて、みんなケーキミックスで炊飯器がよごれるのをおそれていた。

ぼくがこの話で一番印象に残ったのは、日本人は白米に譲れない特別な思いがあるということだ。

ぼくは普段、台湾で生活している。台湾もお米を主食にしているが、日本とお米に対する認知が異なると感じることがある。

台湾の給食のときのことだ。クラスの友達は、自分の大きなお椀を持って、それぞれ給食を取りに行った。みんなはまずご飯をよそったあと、全てのおかずをご飯の上にのせていった。まるで山盛りのどんぶりのようになっていた。

ぼくはおかずとご飯を一緒にするのはおかしいと思ったので、ご飯とおかずを別のお皿によそった。すると、

「何をしているのですか。おかずとご飯を別々にするなんて、常識がないですね。」と担任の先生におこられた。

ぼくは家でご飯はお茶碗によそり、おかずは取り皿に分けて食べるように教わっているし、ご飯とおかずの味が混ざるのは嫌だから、どうすれば良いか分からずに困った。ぼくはなぜこのような違いがあるか考えた。

台湾ではお茶碗とお椀の違いがなく、洗い物が少ない方が楽で合理的だと考えている人が多いのではないか。また台湾のおかずは味が濃いからご飯と一緒に食べると味が調和して美味しいからかもしれない。

一方で日本は一つ一つの料理の味が繊細で、一緒に混ぜてしまうと味が分からなくなってしまうから、分けてよそることが必要だと考えた。またご飯も一つの食べ物として大切にしているからではないか。

日本でお寿司屋さんに初めて行った時のことだ。お店に入ると、大きなカウンターに通された。カウンターに座ると、職人さんが目の前でお寿司を丁寧に握っている様子が見えて、少し緊張した。職人さんは片手でしゃりを握り、ネタをポンとのせてあっという間にお寿司を完成させた。以前テレビで寿司職人がしゃりは一回だけしか握ってはいけないと言っていたのを見たことがあるが、嘘をついていると思っていた。なぜならぼくはしゃりはご飯がぎゅっと詰まっているから、本当はおにぎりのように両手で握っているはずだと思っていたからだ。

握りたてのお寿司は、口に入れるとふんわりしていて、少し温かかく、すごく美味しくてびっくりした。今まで食べた中で一番の美味しさで、これからも絶対に忘れないと感じた。今までお寿司は一番重要なのは魚だと思っていた。しかし実はシャリの方がもっと重要だと気がついた。お寿司は一つの城のようで、しゃりという土台がないと、ネタの天守閣はすぐに崩れてしまうからだ。上の魚がどれだけ高級でも、しゃりが美味しくないと意味がないのだ。いわば、しゃりは縁の下の力持ちだと言えるのではないか。

日本の食文化の中で、お米はなくてはならない重要な存在であることが分かった。しかし、他の国ではその国なりの習慣や食文化があるから、郷に入れば郷に従えだと考えた。