守っていく文化
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アメリカでヒットしたケーキミックスを日本でも売りたいが、オーブンを持っている家庭がほとんどない。そこで、炊飯器で作れるように改良することにした。ところが、ケーキミクスは日本では全く売ることができなかった。なぜなら、ご飯を炊くのと同じ器でケーキを作ると、バニラやチョコレートに汚染されてしまうのではないかと思ったからだ。民族的な伝統に根ざしているから、手の内ようがないため、日本市場から引き上げていった。
「米粒を残したらその分目が潰れるよ。」
私は祖父母の家に泊まった時に祖母にそう言われた。いつも家で食べるお米の量よりとても多い。あと少しのところで橋が止まってしまった。「米粒を残したらその分目が潰れる」本当だろうかその時はそう思った。でも、本当に潰れたら困るから、残さないように一生懸命になった。今になると少しでもお米が残りそうになったら、おかずを残している。大きくなるにつれてお米を残すことに心苦しさを覚えるようになった。食べられそうなら無理をしてでもおかずもご飯も食べるようにしている。今となると、祖母がそう言った意味がよくわかる。米粒は日本人にはまるで水のように大切なものだからだ。二千二十六年にはお米の値段が高くなり、五キログラム四千円台になっていた。多くのニュースに取り上げられ、たくさんの主婦が困っている姿が映されていた。実際に私の家でもしばらく朝ごはん晩御飯は、麺類かパン類になっていた。朝ごはんがパンだと、給食までの四時間の授業のうち、二時間目で空腹を感じていた。夜ご飯が冷やし中華だと、寝ている時にお腹が空いて目が覚めてしまった時があった。米って腹持ちがいいんだなと亡くなってから改めて気づいた。加えて、給食でもしばらくお米が出なくなった。コッペパンやパスタなどがよく出ていた。パンの場合は配膳が楽になったが、パスタの場合、少し手間がかかった。
私は学校に中国人の人がいる。その子は、給食を食べている時にいくら人気のメニューでも一口、二口分は必ず残す。
「もったいないよ。」
とみんな食べるように促していた。先生は食べなくていいと言っていた。その子になんで給食を残しているのか聞いてみると、中国では料理を残すことでお腹いっぱいになりましたと、料理を作ってくれた人にありがとうと満足と感謝のサインになると言っていた。私は、日本では全部食べるとおいしかったよと感謝を伝えたり、残すのはもったいないって思う人が多いと教えてあげた。そして、知らないのに食べるように言ってごめんねとあやまった。私は将来中国に行ったら、ご飯を少し残すということを忘れないようにしたい。次の日から彼女はご飯を完食していた。
人間にとって文化とは、それぞれの民族には交わらないような文化があるが、それを話し合えば、理解し合えるし面白いものだと思う。私は、文化の違いを大切にしてその文化を守っていきたい。