文化に優劣は存在しないのだから

   高2 あおそふ(aosohu)  2026年7月2日

 うす暗く、外気を通すことの少ない寝室の、シーツもかけない垢じみた万年床、その木綿ぶとん特有の湿気をおびた肌ざわりは、大多数の日本人が久しく馴染んできた住居における私的な生活感覚の、中心部を占めてきた。しかし、明治以後、西洋風をまねてふとんに白いシーツを掛けることは、寝室内部にまで日光と外気をもち込もうとする大変革の象徴となった。

日本人が上辺だけの西欧文化に走り、日本人らしさや自分の主張を失ってしまっているのが問題だ。

その第一の原因は、日本が西欧に追いつくことを進歩だと考えてきたからだ。

日本はこれまで西欧諸国に限らず、弥生時代から中国や朝鮮半島の国々から伝統や工芸、仏教、漢字など渡来人によってもたらされ少なからず影響をうけてきた。そのため平安時代までの日本の文化はどこか中国や朝鮮半島を連想させるものが多い。そんななか、天皇に遣唐使の派遣停止を進言した菅原道真によって日本の風土にあった国風文化というのが形成されたのだ。国風文化が形成されるまでの、日本というのは、中国や朝鮮半島をまねていた。なぜならば、日本よりあらゆる面で進んでいると思っていたからだ。これと同様に江戸幕府第三代将軍徳川家光によって鎖国をした日本は、元禄文化や化政文化といった独自の文化を形成した。にもかかわらず、明治時代になるとそれらの文化をすて西欧文化にとびついた。その理由の一つとして自分たちの文化より優れていると考え、西欧文化をまねることが進歩だと思ったからだと考えられる。

第二の原因は、日本が自分の国の文化を学ぼうとしなかったからだ。

「あなたの国の文化や伝統は何ですか」と問われたとき、茶道や華道、着物、寿司などいくつでもあげられる。しかし、肝心な中身についての説明ができない人が多いのではないのだろうか。茶道という文化を知っていても、たてまえについては全く知らない。華道という文化があることは知っていても、花のいけ方はわからない。着物は家にあるけど、着付け方がわからない。私たち日本人は、日本文化と一部分だけしか知らないのに、あたかも全部知っているかのような気でいて学ぼうとしない。だから、いとも簡単に他国の文化に影響されてしまい、自分の文化を捨ててしまうのだ。日本文化というのは、奥深く、日本という国の風土があってからこそ形成されたものであり唯一無二の存在である。その存在を今後ものこすために、我々は自分たちの文化を学ぶ必要がある。

確かに、西欧に追いつくことが進歩だという考え方によって、アジア諸国が次々と西欧諸国の支配下となっていくなか、日本は江戸時代末期から明治時代にかけて必死にくらいつき西欧諸国の支配下になることから逃れることができた。しかし、二千年以上の歴史がある日本文化は西欧よりも劣っているということはなく、また国家間において文化の優劣は本来存在しないのだから各国が自国の文化を誇りに思い、他国の文かも一つの文化として認め合う関係が大切である。だから、その国らしさや自分の主張を失う必要性はないのだ。