こうしてケーキミックスは(感想文)

   小6 あかすな(akasuna)  2026年7月2日

 ケーキミックスは大ヒットした。アメリカ国内で売りつくすと、ヨーロッパやオーストラリアにも進出した。ところが、ケーキミックスは日本の市場では完全な失敗だった。日本の食文化におけるお米の重要さは言うまでもない。御飯をたくのと同じ器でケーキを作ると、バニラやチョコレートに汚染されてしまうのではないか。ケーキミックスは、きっぱり日本市場から引き上げていった。なぜなら、ケーキミックスの問題がそこまで民族的な伝統に根ざしている以上手の打ちようがなかったからである。

 私はお米が好きだ。お米にはほんのりとした甘みがあり、炊き立ての香りやもちもちとした食感がおいしいからだ。炊き上がったお米は、まるで小さな宝石のように一粒一粒が輝いて見え、食べると心まで温かくなるような気持ちになる。私の家では、朝と夜はほとんどご飯を食べる。以前、母から「朝にお米を食べると、パンよりも消化がゆっくり進むため、お腹が空きにくく、午前中も元気に過ごせる」と聞いたことがある。その話を聞いて、お米はおいしいだけでなく、健康面でも役立つ食べ物なのだと感じた。また、もし日本にお米がなかったら、ご飯やおにぎり、お寿司、どんぶりなど、日本ならではの料理は食べられなくなってしまう。さらに、お米を作る農家の仕事も減り、日本の伝統的な食文化も受け継がれにくくなると思う。お米は、お正月のおもちや、お祝いの赤飯、祭りや神社で行われる神事などにも欠かせない存在であり、日本人の生活や文化と深く結び付いている。そのため、お米は主食であるだけでなく、日本の歴史や文化を支える大切な存在だと考える。私の家では、お茶碗にお米を一粒でも残すと、「まだ残っているよ」と注意される。そのため、私は小さいころからお米を最後まできれいに食べる習慣が身に付いた。お米一粒には、農家の方々が長い時間をかけて育てた努力や思いが詰まっている。田植えから収穫までには、暑い日も寒い日も毎日のように田んぼの世話をしなければならない。その苦労を考えると、お米はまるで大切な贈り物のように感じる。だから私は、お米を残さず食べることは、食べ物を大切にするだけでなく、作ってくれた人への感謝を表すことでもあると思っている。

 私の学校では、五年生になると田植え体験をする。私は最初、「田んぼに入るのは気持ち悪そうだな」「入りたくないな」と思っていた。しかし、実際に体験してみると、泥の感触は思っていたほど嫌ではなく、友達と協力しながら苗を植えることができ、とても楽しかった。そして、毎年この大変な作業を続けている農家の方々は本当にすごいと思った。田植えや米作りには、さまざまな工夫がされている。一つ目は、カモを利用して害虫や雑草を食べてもらうことだ。そうすることで、除草剤や農薬の使用量を減らすことができる。二つ目は、カモが田んぼの中を歩き回ることで土がかき混ぜられ、水の中に酸素が入りやすくなり、稲の生長を助けることだ。さらに、カモのふんは肥料になるため、環境に優しい農業にもつながっている。一方で、苦労も多い。一つ目は、イノシシやシカなどの獣が田んぼに入らないようにネットを張り、穴が開いていたらすぐに修理することだ。二つ目は、カラスなどの鳥から稲を守ることだ。このような工夫や苦労は、すべておいしいお米を育てるためであり、農家の方々の努力によって私たちは毎日安心してご飯を食べられるのだと分かった。

 人間にとってお米とは、命を支える食べ物であるだけでなく、日本の文化や人と人とのつながりを育てる大切な存在だと思う。私は、お米を一粒も残さず食べることや、作ってくれる人への感謝の気持ちを小さいころから教わってきた。ことわざに「三つ子の魂百まで」とあるように、幼いころに身に付いた食べ物を大切にする心は、大人になっても忘れずに受け継がれていくと思う。これからも、お米を作ってくれる農家の方々への感謝を忘れず、一粒一粒を大切に味わいながら食べ、日本の食文化も大切に受け継いでいきたい。