手助けは良いか悪いか
中2 あさみり(asamiri)
2026年7月1日
友達が手助けをしてくれた時、たとえば美術の授業の授業で隣の席にいる友達が「この色を使うと明るくなっていいと思う!」とアドバイスをくれたり、「絵の具持ってこようか?何色使いたい?」と聞いてくれたり、私のことを良く気にかけてくれてとても嬉しいし、アドバイスも的確で自分の作品に新しい視点が生まれる。他の席に座っている人達の会話を聞いてみると、ここはこうしたら良いよとアドバイスをしている子が多いことに気がついて、私も何か役に立てることがあると良いなと思った。だが、他の子の作品を手伝って一緒に作っている子もいることに気がついた。アドバイスはとても嬉しいし、大切なことだと思う。だが、アドバイスをし続けたらそれはその人の作品ではなく、アドバイスをした人の作品になってしまうので、時には自分で考えてみることで気づけることもあるのだと思う。
私はこの前英語の環境汚染をなくすための道具を一つ考え三つ理由を作ろうというプレゼン作りの時に、三つ目の理由づくりに苦戦していた。二酸化炭素を吸ってくれる機械があると地球温暖化を防ぐことができるというのをかきたかったが、理由に納得がいかずどうしたら良いか考えていたら、友達から植物を利用すると化学製品ではなく自然を生かせるから環境にも良いのではないかと言う考えをもらったことでわかりやすい英単語を使いながらまとめることができた。このように友達の意見を参考にしながら工夫していくことで自分の意見と比較し新しい発見があったり、自分の考えを見直すきっかけにもなる。自分の意見が中途半端にまとまってしまい行き詰まった時には、友達の意見を聞きにいって新しい考えをもらうことも一つの方法なのだ。
一方、手助けは相手のためにならないという考えもある。私は縦割り班掃除の時に役割分担として、重い机は私が、軽い机は小学部の子に任せることになった。掃除開始時は役割分担どうりに動けているが、毎回終盤になるとあせって全部1人でやってしまうことが多い。せっかく小学部の子が一生懸命やってくれているのだから任せたいが、終わらず周りに迷惑をかけてしまうのではないかと結局勝手に手伝ってしまう。手伝いをせず周りに迷惑をかけないためにはどうすれば良いのか、縦割り班中の掃除を思い返してみると、そもそも他の掃除を早く終わらせることができれば机運びもゆとりをもってできるということに気がつき、掃除の時間配分をみんなで考え工夫することで小学部の子達も自分の仕事をしっかりこなそうと前より意気込んで掃除をしてくれるようになった。このように、手助けをしないという選択をすることで新たに気づけることがあり、自分自身や他の人ももっと成長していくことができるのだ。
確かに手助けには良い面悪い面もある。しかし、いちばん大切なことは、「大切なのは、健康らしい外見ではなく、健康自身である。」という名言もあるように、本当に相手を思い行動することができるかである。このことから私は、今一番相手に必要なのは何なのかを考え行動できるようになっていきたい。