フィクションとノンフィクション

   中2 あおなち(aonati)  2026年6月4日

 ノンフィクションの書き手は、在るものを映そうとし、フィクションの書き手は、在らしめるために創ろうとする。フィクションの書き手の、創るということの絶大な自信と、あえていえば傲りが、驚くほど率直に表明されている。この世に万人が認める唯一無二の絶対的な事実があるのではなく、個人にとっての事実しかないという立場を承認することでもある。つまり、ノンフィクションとは、事実の断片による、事実に関するひとつの仮説にすぎないのだ。

 ノンフィクションで事実をありのままに伝えることは大切だ。例えば、24時間テレビでよくある障害を持っている方々の密着動画である。今までの密着動画の中で印象に残っているのは、ダウン症や知的障害を持つ方々がリズムに合わせてダンスをするというものだ。それぞれが力を合わせて協力する姿に誰もが目をひかれたはずだ。障害とはどういうものなのかを専門の方に知識として教えられても、正直に分からない人が多いと思う。だから、障害を持っている方に直接、日常生活の困難なことや障害を持っているからこそできることがあることを教えてもらった方が分かりやすいのである。

 しかし、フィクションで創作することが大切なこともある。トイストーリーはまさにそうだと、僕は思う。本当は動かないおもちゃ達が心を持っているのだ。おもちゃの視線から見た家の大きさであったり、僕たちからの扱われ方がよく分かる。他の視点から見た世界の広さに驚かされ、共感するのだ。

 だから、大事なことは、ノンフィクションがいいか、フィクションがいいかということではない。問題はどちらの方法がいいかというところにあるのではなく、何を伝えたいかによって使い分けることが大切だ。ノンフィクションは、フィクションにはない現実の重み、真実の記録、そして人間の感情の深みを伝える重要なジャンルがある。それに対して、フィクションは、好奇心を刺激し、他者への共感力や新しい視点を育むため、人生を豊かにするために不可欠だ。この2つの違いをしっかりと知り、自分の世界のバリエーションがもっと広がるはずだ。