日本の文化と外国の文化

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  日本人のノーは、決して絶対的な否定ではなく、その一部にイエスを含み、イエスは、その中にノーの要素を合わせ持っている。また、日本の絵画の特質に「余白の美」というのがある。それに対してイスラムの芸術は、全く逆で、びっしりと空間を埋め尽くす。日本の「余白」は、画家と鑑賞者の共有の空間なのである。そして「余白」をそれぞれが、想像によってどのように埋めるか、当の作品は作者と鑑賞者、双方の「せめぎあい」にかかっている、と言っても良かろう。私がこの長文を読んで一番印象に残った事は、日本人と外国人が真反対という事だ。日本人だったらあいまいに答えるが、外国人は正直にはっきりと答える。また、日本の芸術は「余白」を美ととらえ、外国の芸術は「華やか」を美ととらえる。

 私も、相手に対してあいまいに答えることがよくあると思う。例えば、わからない事を友達に聞いても、理解できなかった時。本音を言える親友だったらまた聞き返す。だが、あまり親しくない友達だったら、こんなに聞いたら迷惑かなぁと思って、

「う、うん、わかった。ありがとう。」

とわかったふりをしてしまうのである。まるで湯葉のようにふにゃふにゃとした答えになっているのだと思う。だが外国人のありんちゃんは、すぐに

「え?どういうこと?」

と何度も聞き返してくる。一瞬びっくりするけど、そっちの方がはっきりしていて良いと思う事もある。他にも、夜ご飯はこれでいいかと聞かれて、あまり気分ではなかった時。母に対してだったら、正直に気分じゃないと言う事も多いが、祖母に対してだと、気をつかって、

「うん、それでいい!ありがとう。」

と答える。だから、日本人の答えは、相手との間柄にもよるのかもしれない。

 芸術の面でも、日本と外国の真反対の文化を感じる事がよくある。例えば、日本の華道では、風の通り道という余白を作って、植物が風に揺られている様子を表現する事が多い。凛とした植物の姿が、余白によって更に引き立てられるのである。だが、デンマークのニコライ・バーグマンさんの作品は、箱に隙間なく花を敷き詰め、見ていて楽しくなるような魅力がある。母にも聞いてみると、

「茶道のお点前って、間を空ける事が多いよね。それは、お客さんと亭主が息を合わせるための、心づかいなんだって。」

と話してくれた。茶道で間を空けるのは、実はまぁまぁ難しい。だがこの間には大切な意味があるのだと知り、何だかすごいなぁと感心した。

 日本人のあいまいな答えは、相手を思いやっていて、逆に外国人のはっきりとした答えは、わかりやすい。また、日本人の余白の美には、凛としているが自然で優しい雰囲気があり、外国人の華やかな美には、圧倒されるようなオーラがある。この事から、日本の文化にも外国の文化にも、素晴らしい良さがあるという事がわかった。だから、どちらの文化も大切にして、日本と外国がもっと仲良くなればいいなと、心から思っている。