文化の消化・融合

   中1 あこりお(akorio)  2026年7月2日

 一般的に言ってある言語がそれまで接触のなかった別の言語と接触するようになると、そこに相互の交流が生じ、双方の言語の中に相手の言語による色々な変化の起こることが知られている。このような言語変化を、言語学では言語干渉と読んでいる。それが最も目立つ形で起こっているのは語彙の分野で、普通には外来語と呼ばれ、文化文明の問題でもある。明治維新と共に日本国内には、さまざまな外国の文化があふれた。第二次世界大戦までの日本人の生活は、社会的な場面では西洋式を取り入れ、家庭では日本式という生活様式で、それは一種の社会性土壌の緩衝装置として機能したと思われる。それを可能にした要因の一つは、日本に漢字という言語手段がすでにあったことである。私たちは、日本文化のように、新しい物事を自分なりに解釈して取り入れ、文化を取り入れるべきだと考える。その理由を二つ述べる。

 第一に、利点を組み合わせることでさらに良い意見ができるからだ。以前、学校の備品の使用ルールを決める話し合いで、一見失敗しそうな規制の甘い案が採用されたことがある。しかし、実際に公用してみると、意外に生徒を管理しやすく、成功した。問題は、安全性のみだった。そこで、安全性に優れていたという他の意見と、初めに適用していた意見を組み合わせて新しいルールを作ってみたところ、成功した。私たちは、一つの意見だけをどうにかしようとするのではなく、新しい物事を自分なりに取り入れてみることが大切なのだ。

 第二に、新しいことを取り入れ、現状に適応させてゆくことによって、その政策自体を長続きさせることができるからだ。ここで、ある企業の例を出したい。その企業では、手軽な値段で、使い切りのフィルムを使用しているアナログのカメラを販売していた。しかし、スマホの普及によってカメラで写真を撮る人が減少してしまい、売れ幅が大きく下がってしまった。そこで、カメラで撮った写真をスマホで見られるような工夫をしたところ、売れ行きが良くなったらしい。また、私たちの先祖の猿人は、大型肉食動物から身を守り、存えるために「火」の利用を始めた。それによって大きく生存率が上がり、効率よく狩を行うことができるようになったり、安全な調理を行うことができるようになったらしい。

 「出来上がった規則をなんとか守ろうとすることよりも、実態に合わせて規則を変えていくことが、真に規則を生かす道である。」という名言がある。確かに、昔からの伝統をそのまま受け継いでいくことも重要だ。しかし、全て丸ごと受け継いでいくのではなく、その時に合わせて工夫・進化していくことによって、その文化自体も継承していくことができるのではないだろう。和洋折衷という言葉がある。日本風(和)と西洋風(洋)の様式や要素を両方とも取り入れ、うまく調和させるという意味がある。私は、今までの文化と新しい文化、それぞれ自分なりに両立して取り入れていくことが大切だと考える。