食文化

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 ケーキミックスの製造会社は自信満々で日本市場に進出することを決定し、日本の大手企業との合弁会社(資金を出し合って作る会社)が設立された。ところが、ケーキミックスは日本の市場では完全な失敗だった。ご飯を炊くのと同じ器でケーキを作ると、バニラやチョコレートに汚染されてしまうのではないかという懸念が日本人に拒絶反応を起こしたのである。問題がお米の重要さという民俗的な食文化に根ざしている以上、手の打ちようが無かった。

 私はパン派かご飯派とかれればパン派と答える。何年か前はご飯の方が好きだったが、今はパンの方が好きになってきた。しかし、そんな私でも、チョコレートが入れられたことがあったり、バニラの香料が微かに香ったりする炊飯器で、自分が食べるお米を炊いてほしくない。たとえどんなに洗われていたとして、衛生的や知覚的な視点から見て問題がなかったとしても、精神的な面から否定してしまう。それはどうしても変えることのできない日本人特有であろうこだわりだろう。又、こだわりといえば、熱が出たときにパンは選択肢として私の中ではない。何でかと聞かれると答えにくいが、きっとパンは刺激が強く、お米はまるで安心できる故郷のようなものなのだろう。元気なときは多少刺激があってもおいしく食べられるが、熱が出ると、体が弱り切って、刺激を拒絶するのかもしれない。また、生の魚にパンという組み合わせは、私にとって違和感がある。魚にはご飯という組み合わせが頭の中で正当化されているのかもしれない。当たり前の、生の魚には醤油ということも、海外だと、ライムやレモンなどの柑橘類の果汁、チリソース、ごま油 等が一般的ならしい。醤油と全く違うジャンルがあり、これもその地域ごとの文化の違いだと思う。

 もしお米がなかったら、米に合わせて発展してきた日本食の文化自体、無くて、大豆が主食になったりした、全く違う食文化が作り上げられていたかもしれない。又、何年か前に学校で学習した食料自給率だが、お米だけ高かった記憶がある。なぜなのかインターネットで調べてみると、もし海外に頼ってしまうと、外交が中止されたり、戦争が怒ったりした際に、社会や体のバランスが崩れてしまう可能性があるらしい。政府が、トラクター等の米作りに使用する機械類の費用を一部負担したり、ドローンを購入してくれたりするらしい。お米はとても大切で、とても身近な物であり、無くてはならない物になっていると感じた。

 お米は日本人にとって、今までの食生活をつくってきた象徴的な物の一つで、安心できる、故郷のような物である。このことから、文化は人の生活を支える、その人の芯的な源になっているといえる。