【まえ先生からのひとこと♪】
課題文を読んで終わるのではなく、自分の海外での経験や俳句の知識と結び付けながら考えを広げられていましたね。「日本人のあいまいさ」と「俳句の余白のおもしろさ」に注目し、自分の体験や知っていることを上手に生かした、とてもオリジナリティのある感想文でした。
【特に優れていた点】
・ロンドンと日本の公園でのお菓子のエピソードを比べ、日本人の人柄について自分の体験から考えられていたところが説得力抜群でした。
・松尾芭蕉と正岡子規、二人の俳句を引用しながら「余白」について説明していて、課題文の内容を自分なりに深く理解できていました。
・最後に「俳句や百人一首が好き」という自分の興味につなげ、「余韻の後からひらめくのは楽しい」とまとめたことで、湊仁くんらしい感想になっていました。
【さらなるレベルアップを目指して】
・二段落に書いた「日本人の人柄の良さ」について、長文と関連付けるためには、もう少し説明が必要だね。
【例】
日本人の特徴はあいまいであることの他に、人柄が良いことがあげられると思う。
・ロンドンでお菓子を持っていかれたとき、どんな気持ちになったのかをもう少し詳しく書くと、体験がさらに生きてきます。
・「俳句には余白がある」と感じた理由を、自分がどんな場面を想像したのかまで書くと、読み手もその世界を共有できます。
*「なので」は文の先頭に使えません。「だから」「それで」などをかわりに使いましょう。
――海外で暮らした経験と日本での経験を比べながら考えられるのは、大きな強みですね。また、俳句や百人一首という日本文化への興味も生かされていて、とても深みのある感想文になっていました。これからも自分の体験や知識を結び付けながら、「なぜそう思うのか」を考え続けましょう!
<<え2010/252み>>
■思考語彙 17種 21個 (種類率81%) 69点
、だから,。だから,。なぜ,。一方,あろう,いいと,うと,できるから,と思う,なので,に思う,の可能,へば,よく考える,楽しいから,見極めよう,配ると,
■知識語彙 39種 57個 (種類率68%) 64点
一部,両者,人情,人柄,余地,余白,余韻,俳句,公園,友達,古池,否定,外国,奈良,子規,対応,想像,拒絶,日本,日本人,明白,有名,松尾,正岡,法隆寺,無下,熱心,特有,理由,相手,絶対,義理,芭蕉,表現,要素,言葉,説明,部分,頻出,
■表現語彙 86種 126個 (種類率68%) 67点
あいまい,あと,お菓子,こと,これ,さ,すべて,そこ,それ,たち,ちゃん,どの,の可能,ぼく,もの,よう,わけ,ん,イエス,イメージ,カエル,ノー,ロンドン,一,一人ひとり,一部,両者,中,人,人情,人柄,何,余地,余白,余韻,俳句,全て,公園,分,友達,古池,否定,外国,奈良,好き,子規,対応,後,性,想像,拒絶,日本,日本人,明白,有名,松尾,柿,正岡,気,水,法隆寺,無下,熱心,特有,理由,百,的,相手,絶対,義理,考え,芭蕉,蛙,表現,要素,言葉,話,説明,部分,鐘,音,頻出,食,餌,首,鹿,
■経験語彙 33種 47個 (種類率70%) 69点
からむ,しまう,できる,と思う,に思う,ひける,ひらめく,やる,よく考える,れる,わかる,任せる,住む,合わせる,含む,感じる,持つ,断る,残る,知る,続く,聴く,表れる,見極める,読む,違う,配る,隠す,頼む,飛びこむ,飛び込む,食べる,鳴る,
■総合点 75点
■均衡点 8点
日本の余白
小5 あけみな(akemina)
2026年7月2日
日本人は義理人情にからまれて、どんなに明白な拒絶の理由があろうと、相手に熱心に頼まれたら、それを無下に断るのは何か気がひけるように思ってしまう。だから日本人の「ノー」は決して絶対的な否定ではなく、その一部に「イエス」を含み、「イエス」はその中に「ノー」の要素を合わせて持っている。実際、「そこをなんとか」という表現の中には、日本人のものの考えが実によく表れている。したがって、あとどのくらいの可能性の余地があるのか、その隠された部分を両者は見極めようとし、この言葉が頻出するわけである。
ぼくはこの話を読んで、だから日本人は人柄がいいと外国の人に思われるんだと思った。なぜなら日本人は相手に合わせた対応ができるからだ。なので、よく考えたら、ぼくたち一人ひとりが良い人柄を持っている。ぼくは住んでいたロンドンの公園で友達にお菓子を配っていたら、知らないロンドンの人たちがお菓子を全て持って行かれてしまった。まるで奈良の鹿の餌やりだ。 一方、日本の公園でお菓子を配ると、ぼくの分だけ残っていたのだ。これが日本人の人柄の良さだ。
ぼくは俳句に余白があると思う。なぜなら有名な松尾芭蕉の、
「古池や 蛙飛びこむ 水の音」
では、古池にカエルが水に飛び込むぽちゃんというイメージができるからだ。ちなみに違う俳句では、正岡子規の、
「柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺」
では、柿を食べていたら法隆寺の鐘が鳴ったということがわかる。このように、俳句にはすべてを説明しないことで想像に任せるという余白がある。
ぼくは日本人のあいまいさや余白が好きだ。なのではいくや百人一首を聴くのが好きだ。なぜなら、読んだ後に続く余韻の後からひらめくのは楽しいからだ。これからも日本特有の余白を感じていきたい。