この世で一番大切なもの
小6 たいせい(akahiro)
2026年7月4日
世界で一番大事なのは米である、といってもよく分からないだろう。みんなはゲームやおかし、お金という人が多く小説や勉強という人はほとんどいないだろう。だが米は、古くから大事にされてきたものだ。ぼくも最初から米が好きだったわけでもない。朝晩ずっと米だったので時々パンやパスタがいいと駄々をこねることがあった。そんな時母は、必ずこの言葉を言った。
「米がなかったら私たち日本人は生きていけないよ。」
という。ぼくは、なんだそりゃ、と思ったがようやくその言葉の意味が分かったかもしれない。もし米がないとどうなるだろう。きっと米に関係がある文化や食べ物はなくなってしまう。それだけではなく、栄養失調などにより亡くなってしまう人も数多くいたのだろう。そう思っていると寒気がしてくる。やっぱり米は世界にとって必要なものだ。このことから米は毎日食べていると、時々飽きてしまうかもしれないがその米のおかげでできる遊びもあるのでもっとありがたみを強めておく必要があることが分かった。
もちろん他にも米を主食とする国はあった。いろんな形で米を食べるベトナム、日本人の三倍以上も食べてしまうお米大好きミャンマー、など有名な国がたくさんだ。しかし、別の国はどうなのだろう。例えば、麵料理で有名なイタリアや中国、パンを食べるアメリカなどいろいろある。だがどこの国も情熱が入っていて一つ一つに意味があると言っている。きっとどこの国でも同じなのだろう。まるで自分の国の主食を子育てのようにさせるために。
米は日本人にとってとても古くから伝わってきた伝統的なものである。その米のことで争いがおこることもあるが、それも米が大切な存在だからこそするのかもしれない。このことから文化という物は、人を楽しませるだけではなく、そこで起こったことは必ず思い出さすようにしている。くいを残すために。それに文化は今もたくさん生まれている。そうしてたくさんの経験をしてそれを分かち合うことができる、そんな人を最高の人間というのかもしれない。あの大切な物のように。