自分との競争

   高1 あおさみ(aosami)  2026年7月2日

 現在、学校では競争心を煽ることもいけないとされている。だが、子供達は自分の勝てる種目を選んで自分の優越感を満たそうとする。競争に勝つことによる優越感を経験させる方がいじめ減らしにも、個性の発揮にもなる。他者危害の原則は、「競争に勝って良い」ということを含んでいる。自由競争の禁止ではなくて、自由競争の公平を保証することが倫理的な条件である。相手にチャンスの平等を保証し、フェアプレーの精神を高めて、競争されることはいじめ対策の大事な点である。

 私たちは、自由に競争することの意義を認めるべきだ。

 その方法として第一に、勝つことの喜びを味わうことだ。年2回私の学校ではクラスマッチというクラス対抗球技大会がある。今回私はサッカーのチームに入り、上級生などとも試合した。私がゴールキーパーであることが理由で予選敗退になったような気がするが、充実した日であった。何より嬉しかったのは、クラスメイトと仲良くなれたことだろう。私はあまり社交的ではなく、雑談も苦手だ。それでもボールをパスし、「試合に勝つ」という同じ志を持った者として共に過ごすと、何もせずとも心の距離が近くなったと感じた。競争は皆「勝つ」という目標に向かって突き進む。競争としてはライバルの存在でも、相手の動きや姿勢から学び、自己の成長へと活かすこともある。

 また、協力や話し合い、リスペクトし合うことは大切だと再認識するためにも、勝つ経験は必須だ。私たちのチームが1試合目で勝ったときは、両手を空に挙げて喜び、互いに笑い合った。その時は皆、心から喜びを感じていたはずだ。そしてその喜びの瞬間に仲間としての一体感が生まれたように思えた。

 勝つ喜びを子どもたちに経験させて、協調性を養わせるためにも競争は必要だ。

 第二の方法として、多様性を認めることで個性や自分らしさを導くことだ。日本では、1963年から64年にかけて3度国会に提出した「特定産業振興臨時措置法案」という法律案がある。これは、貿易自由化や資本自由化に危機感を持った通商産業省企業局が「企業の大規模化のためには、民間だけに任せたのではダメで、政府が権力を持たずに民間と平等の立場で参加する」とした官民協調の推進策であった。

しかしホンダの創業者である本田宗一郎は反対した。なぜなら四輪車の実績のなかった当時のホンダが市場参入できなくなるからだ。宗一郎は、政府による市場介入、新規参入の制限、そして自由競争の阻害などの可能性を見据えて、「自由競争こそ産業を育てる」と主張した。

この法案は最終的に廃案となり、自動車産業の制限が行われなかった。今日の日本は自動車産業がGDPの約1割を占めている。さらに経済波及効果は全産業トップだ。私の両親が車を買うとき、用途に応じて自動車会社を選ぶように、自動車会社の多様や層の厚さがこの大きな産業を支える基盤となっている。

会社同士競争をさせたことが、日本の自動車産業をここまで成長させた理由ではないか。また、競争に勝つために方法はたくさんあり、それぞれの会社がその会社なりの究極を突き詰め、その分野で勝とうと努力したから顧客のニーズに応えられているのではないかと考える。

競争を認めると、自己の成長に加え、社会全体の多様化、豊かさに貢献するようになると思う。

 確かに、競争させると心身共に疲れてしまうだろう。

 しかし、「競争は相手を否定するものではなく、心を解放するもの」であるように、競争が自分のリミットを切ってくれる存在であると思う。結果だけではなく、その過程でも楽しさや充実感が見出せるところも良さだ。私たちは気づかずとも、毎日が昨日の自分との競争である。これを可視化させたものが表彰台やメダル、賞状といった商品だろう。結局は他者との競争も自分自身との競争だ。昨日の自分をどのくらい超えられるか、それがたまたま他者より優っていたのだということもある。競争を通して自分自身と向き合い、成長していきたい。