子育て
中2 あきえら(akiera)
2026年7月4日
私はある本を読んだ。その本をまとめると「赤ちゃん言葉の減少は文化によって左右され、母国語は文化の違いを問わず普遍的である。両社は次元を別にしている。」という感じだ。私はその本を読んで日本の子育て方の良さ悪さがわかった。ここでの優しさは子供たちにやさしく接してくれることだ。
私は日本人のように子供の目線に合わせた子育ての仕方はよいと思う。その理由は、そのようなやり方で愛情を注がれて育てられた人は人を思いやることができる子に育つからだ。なぜそのようなことがわかるかというと実際経験したことがあるからだ。どのような人かというと私の親友だった。その人は誰とでも仲良くできた。なぜなら、優しくて思いやりがあるからだ。その人と私はよく遊んだ。その人から聞いた話だ。その人の親は優しい。それはどうしてわかるかというとその人が教えてくれたり私自身が体験したことがあるからだ。具体的にどのようなところが優しいかというとお菓子を買ってくれたり、筋が通ってない話でも自分の味方になってくれたりするところだ。それはなぜわかるかというと、私とその人が遊んでいるときだ。私は「おなかすいたから何か買ってこようよ」といった。その人はお菓子をくれた。私は「ありがとう。もらっていいの」といった。するとその人は、「いいよ、親が買ってくれたから。」といった。私は「でも有限でしょ本当に大丈夫なの。」といった。すると、その人は「親は何か欲しいと言ったら大体何でも買ってくれるから。」といった。私は、それを聞いて優しい親だなと思った。なぜそう感じたかというと私の家はある程度の結果が出ていないとお菓子を買ってくれないのに何もしなくてもその親は買ってくれたからだ。筋が通ってない話でも味方になってくれたのはどういうことかというと私と彼はけんかした。どのようなことでけんかが起こったかというと、週刊少年ジャンプの中で一番いい漫画は何かということだ。大乱闘になった。殴り合いにも発展しかけた。先生にお互いが怒られた。その人はまだそのことを許していなかった。その人は親に筋が通ってなくて全部私が悪いと言った。するとその親はそれを疑わなかった。仲直りした後そのことを聞いた。だから、私は優しい親だと思った。私は、親も子も優しいなんていい家族だなと思った。その理由は、優しいで家族が満たされているからだ。私はそのような家族はいいと思う。その理由は、親も子も優しかったらけんかなどはほとんど起きないと思うからだ。けんかが起きないということは家庭内の平和が守られているということだ。家庭内の平和が保たれていると、そこが自分の拠点だと思うことができる。その理由は、けんかがないということは平和ということだ。平和ということは安心できるということだ。だから、けんかが起きないということは素晴らしい。だから、私は子供がやさしくなる日本人のように子供の目線に合わせた子育ての仕方はよいと思う。
しかし、過度なやさしさは子供をダメにする。その理由は、親に何でもしてもらうと自立心が目覚めずにすべて人に任せるダメな人が生まれてしまうからだ。だから、フランスのように子供を小さな大人として扱う子育ての仕方にも良さがある。なぜそのようなことがわかるかというと、そのように育てられた人を見たことがあるからだ。その人も僕の友達だった。その人の親とも話したことがある。その人の親は子供を大人としてみているような感じだった。なぜそのように感じたかというと、その友達が前からそう言ってたのと言葉に責任をもてみたいなことを言われたからだ。その人の親の前でその人と話していた。私たちはバカじゃんみたいな暴言を言ってた。するとその親はそのことを何にも否定せず「どのようなことをしてバカなの」といった。私はそれを聞いてどのように感じたかというとその言葉を信じられていて本心からそのように聞いているように感じた。だから、私はその人の親は子供を小さな大人とみて接していると思った。そういう人に育てられた人は責任感がある。その人は生徒会長だった。前の生徒会長よりも話が分かりやすくて人望もあり責任感もあった。だから、私はその人のことが好きだった。
確かに子供の目線に合わせた子育てにも、子供を小さな大人として扱う子育てにもそれぞれ良さがある。しかし、一番大切なことは「ロバが旅に出たところで、馬になって帰ってくるわけではない。」という名言があるように、自分の手で愛情をもって子供を育てることだ。