努力を積み上げる
小6 わかば(akahime)
2026年7月4日
いつもできないことは結局本番になってもできない。私は良く母にそう言われる。逆を言うと、いつも行ってできていることは、大事な大一番な場面でも可能だということである。私は実際、それを体験したことが数えきれないほどあると思う。旨く行った場合だと、毎朝私は五時半に起きて公文英語に取り組んでいて、それを一年弱やり続けた結果、英検四級で満点を獲得することができたという経験がある。インターネットで調査してみると、私は朝型で、夜学習を行うと、眠くて基本的に本来の実力よりも低い点数が出ると書いてあった。そのため、朝早い時間に起床することで、集中力を向上させることができるのだと思い、試してみた。すると実際に効果があり、考えればすぐに分かるようなミスも少し減ってきたような気がする。だらだらと長時間必要のないことを費やすのではなく、ある程度の制限時間を設けて集中してやることで英検で良い点数を取れたのだろう。ちなみに、一緒に受けた人たちの中で、模擬テスト的なのを行ったときに、ミスが多かった人たちは落ちていた。いつもできていないことは本番でもできない。
私にもできなかった経験がある。それは学校のペア活動プロジェクトになったときのことである。七月に、仲を深めようという目的で一年生とスタンプラリー的なイベントを実施したのだが、それを企画し始めたのはイベントの二週間前で、ほとんど時間がなかった。そのため、授業中に私たちだけ抜けて、スタンプラリーの準備をすることになってしまった。そのおかげで何とか行えたが、当日予期していなかったアクシデントが次々と起き、対応ができなかった。これは完全に準備不足によって起きたことである。些細な部分まで考えられていなかったのが要因だと思われる。そして、先生に迷惑をかけてしまったことを後悔している。もともとスタンプラリーをすることは四月の初めから決まっていて、3ヶ月ほども準備する時間は十分にあった。それなのに、事前に話し合ったりせずに、「まあいいよね」と楽観的にとらえてしまったせいで、失敗が起こってしまった。もしちゃんと前々から自分事としてとらえ、用意ができていたら、作ったばかりの企画で一年生の時間を奪わなくてすんで、ちゃんと楽しめてくれるようになっていたかもしれない。
母に聞いてみると、母にもそのような経験があるらしかった。社会人になるまで、母は課題などを締め切りの前日に終わらせるようなスタンスで望んでいたらしいのだが、社会人になり、それをしてしまったら、プレゼンの際に反対意見や質問等がもたくさん出て、フルボッコにされてしまったらしい。そこから、締め切りの大分前にプレゼンの資料をつくり、どのような質問が来るのか、反対意見が出されるのかを考えて、事実を表す図などを作ったり探したり、それに対する対応などを考えておくようになったそうだ。そうするようになってから、質問されても臨機応変に対応できるようになったそうだ。私もそういうタイプである。最初はやる気があっても、時間がたつと感じよく忘れてしまい、結局気が付いたのはもう間に合わない頃、というようになっているのだ。前日に終わらせたりすると、物自体は完成しても脳内に自分の考えや知識として身につかないし、ただ根拠もなくあてずっぽうの仮説を本当のことのように話していることと同じだと感じた。まるで努力とは積み木のようである。一日一つずつ積み上げていくと、前々から積み上げていれば土台がしっかりしていて、高くそびえたつ、決して倒れない不動の知識となるが、さぼっていて、後から積み上げていくと、高さがなくなったり小さな風が吹いてきただけで、すぐに壊れてしまう。一日限りの努力は見せかけの自己満足的な物にすぎない。本当は努力と呼べないと思う。
努力とは人間にとって地道に積み上げていくことで、とても大変で時間がかかるが、縁の下の力持ちのように、後々良い功績を残すには必要不可欠なものである。私は見せかけやその場しのぎで何かに取り組むのではなく、そのことに真正面から向き合って、努力を積み重ねていって、自分にとっても、他の人にとっても良い成果を出せるような人になりたい。