生きがい

    ()  年月日

「え、これで本当に飛ばせるん?」インスタのリールで爪楊枝を飛び道具のように飛ばす動画を見つけた。このような小技は小さい頃から好きだった。よし、保存しておこう。しかし数か月後、未だにそれを試していない…。

 自分の得意分野を持てない人が増えていることは問題だ。

 第一に考えられる原因は、実体験をする機会が減ってきているからだ。SNS。これは人々の生活を大きく変えたものの代表例だろう。SNS,主にYouTubeやインスタ、tiktokなどのショートを見ていると、様々な情報を得ることができる。ニュースやコメディ、ゲームや豆知識など本当にいろんなことを知れる。ならば、それらを知ることによって、実体験が増えたのかというと、そうではないと僕は思う。僕は最近よくインスタのリール動画を見るのだが、つくってみたい小物や、手品や小技、ライフハックで面白いものがあると、すぐ保存している。そのため、今、自分が保存しているものは何十個もある。しかしその中で実際にやってみたのは指折りで数えられるほどである。「あ、おもしろそう!あとでやってみよ。」と思って保存しても、次から次へと流れてくるリールの情報によって、そんなことはすぐに忘れてしまう。そのため、保存したものをやることなどほとんどないのだ。すぐ見て行動するのではなく後回しにする。これは人間の脳の仕組みによるもので、少し時間がかかって得られる快楽よりも、指をスライドするという一動作だけですぐさま得られる快楽を優先してしまう。行動経済学的な研究では、小さいタスクは高い意志かリマインダーなしでは、実行率が五十パーセントにまで下がるとされている。この研究からも、実体験が減ってしまうSNSの欠点がみえてくると思う。

 第二に考えられる原因は、日本人は謙虚、悪く言えば自分を過小評価しすぎる人が多いからだ。これを表す実例としてよく用いられるのが、日本人と欧米人による、「外国語を話せる」という基準の違いだ。日本人はある程度スラスラ英語が話せる場合でも、「少ししか話せません」や「ちょっとかじってます」と控えめに言うと思う。しかしそれに対して欧米人のほとんどは、「こんにちは」や「いただきます」など話せるのが挨拶だけだったとしても、きっぱりと自信をもって「話せます」と言う。この違いは歴史を遡って考えると見えてくる。日本は昔から、農耕民族だった。水田稲作は一人ではできないことだったため、何人かのグループで協力して行う必要があった。そのためエゴは慎み、全体に気遣うことが生き残る条件となった。それに対し欧米諸国は、昔は狩猟民族だった。これは、人間の力で自然を変えていくという感覚があったため、同調ではなく、自分の力で環境を切り開くことが大切とされていた。だから、自分の意見も強く主張する必要があったのだ。このように歴史を知ることで、自分たちに染みついている意識を少しだけでも動かすことができると思う。

 たしかに、広い範囲の知識をもったゼネラリストのように、幅広い知識をつけることも大切だ。しかし、得意分野とは自分の得意なものだけにとどまるものではなく、自分を表すものであり、生きがいに成り得るものだ。だから、自分の得意分野を持てない人が増えている現代社会は問題である。