流行と進歩

   中1 ゆき(aonari)  2026年7月4日

 ある言語がそれまで接触のなかった別の言語と接触するようになると、そこに相互の交流が生じ、双方の言語の中に相手の言語によるいろいろな変化の起こることが知られている。最も目立つ形で、しかも一番広範囲で起こっているのは語彙の分野である。明治維新とともに日本国内には、見慣れぬ外国の制度や習慣が急速に広がり始めた。対応の一つは、既に日本語の骨肉と化していた漢字をいろいろと組み合わせて新語を作るという方法である。私たちは、日本文化のように、自分なりに消化して、物事を取り入れていくべきだと思う。その理由は二つある。

 第一の理由は新しい物をどんどん取り入れないと進歩しないからだ。私はあまり流行に乗らないタイプである。今、もっちゅりんというドーナツが流行っているらしいので、食べてみることにした。店に行ってみると、流石の人気で行列ができていた。肝心のもっちゅりんは、おいしいのだが、わざわざ列に並んで買った意味はあるのか?と思ってしまった。やはり無理に流行りには乗るものではないなと思った。国語の授業の時に班で話し合うことになった。自分の意見とはちがう他の人の意見を聞くのがとても楽しかった。自分の体験からわかることももちろんあるが、他の人の意見から学ぶことの方が多いと思う。良い意見も悪い意見も結果としては進歩につながる。私もできるだけいろんなことにチャレンジしてみようと思った。

 主題に書いたように新しい物事をどんどん取り入れることももちろん大切だが、自分なりに消化することも大切である。取り入れること自体は良いのだが、自分なりに消化しないと個性がなくなってしまう。流行を取り入れすぎると、自分自身が流行りのようになってしまう。私の友達で、とても流行に敏感な子がいた。いつでも流行りの物を持っていて、いつも人に囲まれていた。私はその子の個性はどこにいったのだろうかと思ったことがある。本人が楽しいのが何よりだと思うが、流行りに乗らないと取り残されてしまうという先入観に引っ張られていないか心配である。個性がなくなるのは面白くないのではないかと思う。つまり、流行りを受け入れつつ自分の個性も残すというバランスが大事なのである。

 物事や流行を取り入れるのも良いと思うが「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということわざがあるように、何事も程々が良いのである。流行りに乗るのも良いが、自分らしさを忘れてはいけない。これは人間だけに言えることではない。最近は異文化交流が進んでいるが、少々海外に物資や食料を頼りすぎている気がする。外国にも良いところはたくさんあるが、自国の良いところにも目を向けなければいけないと思う。私も異文化を受け入れつつ自国の良いところも尊重していきたい。