ユージーン (清書)

   中2 あさくに(asakuni)  2026年7月4日

 要約:アメリカ合衆国、オレゴン州のユージーンという町は日本に住んでいる人々には想像がつかないほどの時間のゆったりさを秘めた町だろう。赤の他人同士が町であった時挨拶をするだけでなく、障がい者と非障がい者が平等に共存しているのだ。日本などの国だと、車椅子の人を押してくれる方がおり、そのワンセットでなんとなく「親と子」関係が芽生えてしまっているような気がする。しかし、その車椅子を動かすのに第二者の力が必要なかったらどうなるだろうか。そう、もしも車椅子が人力ではない電気などの他のエネルギー源を使い、動いていたら。まさにその「もしも」がユージーンにはあるのだ。一人で移動できることにより、車椅子の方々は「孤独」、「寂しさ」、「不安」などの感情を理解することができる。英国の児童文学作家、ローズマリ・サトクリフ氏などが感じた見えない「微妙な壁」に衝突するのは、「自由を知る権利」だと思う。ユージーンの風は私に障がい者の力、立ち位置は時代と場所によって変わるのだと力強く教えてくれた。

障がい者への手助けの良さは無数にあるが、今回は二つの別々の視点から二つの良さを提示したいと思う。まず、手伝っている人の主観から見たときはほとんどこれといって特筆すべき良さはない。ただの自己満足と「運をためた」という根拠のない快感だ。宗教ではないが、やはりこの大量生産、大量消費の空虚な時代に何か自分が信じられるもの、揺るがない絶対条件が心の中にあった方が格段に良い。もちろんこの空虚さに全身全霊を賭け、真っ向から攻撃を受けるのも面白そうなものだが。最近親族や友達の中にスマホや何かしらの電子機器を所持する人が多くなるにつれ感じたことなのだが、このような機器はダジャレではないが本当に人類の危機と見なしてもおかしくないと思う。数日前、スマホの使い過ぎで子供の脳のある部分が発達しなくなったり、全体的に近視になりやすいと聞いたことがあるが、心から同感である。オーストラリアはもう実行し、ヨーロッパ諸国も実行しようとしているが、スマホのSNS等の規制は必要不可欠で、子供、いわゆる希望の卵を守らなくてはならない。日本ではあまり感じなかったが、現在GDP第一位のアメリカの中学生はたまに狂ったかのようにスマホを手放さない者がちょこちょこいる。私の知り合いの一人もそのグループに所属してしまい、「そんなもんやめてしまえ」ときつくいったことがあるが、相手は共感したが、どうしてもできないなどと言い訳していた。これは確実に脳の発達に支障が出ているなと確信した瞬間だ。自分が近代文明の呪縛に自由な行動、本当の人間を封じ込められているのを自覚しておきながらも、どうしても脳のドーパミンの分泌が収まらず、そのまま見て見ぬふりをし、自分をだまし、現状維持をしているのだ。知り合いにこの話をした後、「同様の症状が出ているものはもう自分の人生から除外してしまおうか」と悩んだほどだ。しかし、共感し、新たな知識、感覚を学ぶことが可能な人間本来の特色を尊重し、この思想は間違っていると判断した。学力と同様、いったん脳の発達が遅れてしまったら、積極的に回復させようと務めない限り回復の見込みは無いそうだ。子供の脳は柔軟で柔らかいために回復の可能性はあるが、大人になってしまったらもう希望は無いに等しい。多くの人々はこの事実に少しづつ気付いており、何かしないといけないと自覚しつつ、同じく見て見ぬふりをしている。やはり、「障がい者は特別」、「障がい者は特別」というが多くの方はたかが体のある部分の成長が少し遅いか、完璧に欠如しているかで今のように珍獣がいるかのようにちやほやしなくてもよいと思う。多少のサポートをしつつも、他の子供たちと同じように接し、対応し、スマホなどの危険からも守らないといけない。話を戻して、障がい者目線の良さとしては単純に助けてくれるということもあるが、それにより自分がいま侵されている現状、不利を自分が再認識し、自分を構築していくことができる。構築するというのも、「僕は障がい者でみんなに助けてもらうんだ」などと安易な妄想ではなく、自分の生まれながらの不条理を向き合い、これとどうやって共存し、自分を確立させるかという「依存」ではなく「戦い」を自分に申し出なければならない。この考え方は私が尊敬する前衛芸術家、岡本太郎の考えと私自身の考えを融合したものだ。最近多くの人が偉人の名言などを調べ、「ほほーん。この人はこのようなことを考え、言ったのか」と思っているのだという固定概念があるが、実際それを自分の考え、思想の構成要素にしなければ自分は単なるその偉人のクローンに過ぎないのだ。さぁ私のコンプレックスを少し述べたが、岡本太郎は過去に「キノコ雲も見なかったし、火傷もしなかった、そして現在、生活をたくましくうち出し、新しい日本の現実を作り上げる情熱と力をもった日本人、その生きる意志の中にこそ、あの瞬間が爆発し続けなければならないのだ。」 と述べていた。これは本当に印象に残っている私の座右の銘といっても過言ではない金言であり、本当にユーリ・ガガーリンの「地球は青かった」のように皆さまにも浸透してほしい。「忘れたいほど残酷な事実を人々は必ず鮮明に覚えておく必要がある。」これが私が今考える解釈だ。解釈の素晴らしい点は柔軟であることで、その人の考えに忠実だ。障がい者の方々も自分の現状を四六時中念頭に置き、常に考え、自分の確立を模索しなくてはならないと思う。

障がい者への手助けの不利な点は特にない。このはっきりとした断言に困惑する方々もいるかもしれないが、障がい者たちが助けてくれる人、その行為が「当然」であり、「当たり前」と信じてしまったらその依存のループからでるのは困難なこと以外は行動自体に問題は無い。ただし、前述した自分との葛藤の持続を忘れてしまうのは大変残念で、しいて言ったら一応「不利」となるのだと思う。人間はAIでは無いので常にこのことを考え、実行することはできないが、思い出してまた続けることは出来る。しかし、完璧に忘れ、存在自体否定してしまうのは心外であり、これ以上悲しいことは無い。無論、いつしか再度自覚する時が来るのだが、その際は時のギャップがその人をひどく傷つけてしまうかもしれない。この説明文だけではいまいちパっと来ないと思うので、「死」の存在で考えたらどうだ。生きとし生けるものには必ず「死」というゴール、最終目的地が存在し、いつでもみんなを待っている。私が初めて死というものを自覚したのは確か4,5歳の時だ。実際私が2歳の時に私のことを大変可愛がってくれた祖父が他界してしまったのだが、その時はまだいまいち「死」の概念が理解できていなかった。ただもう会えないと聞いて悲しかった。それから、時が流れ幼稚園で「恐竜」の魅力にどっぷりハマり、その生体、世界、特徴の神秘性に魅せられた。しかし、多くの人が知っている通り、恐竜の1億6000万年の時代は隕石衝突により幕を閉じた。これを初めて知って、「こんなに強く、たくましい恐竜の世界が終わるなんて信じられない」と思った。そして、博物館などで恐竜の化石などを見て、「あゝ本当にみんな死んじゃったんだ」と初めて思った。そしたら自分にもいつか死が来るのではないかと心配になり、涙したのを鮮明に覚えている。そして最近またそれを意識し始めたのだ。忘れてはいけない事実を念頭に置くのは、一見苦しいことだが、実際これは人生の羅針盤としての働きがある。先程の例を使うと、「自分にもいつかは自分の時代の終わりが来るので、生きている間をどれだけ輝かしく出来るだろう」と考えることもできる。このような悲しいことにも副作用があるが、よりよい考え方、捉え方があるのも覚えておいてほしい。

確かに自分再発見の可能性や忘れてしまう恐怖は障がい者への手助けという比較的実行しやすい行動から産声を上げる者たちだが、ここで私が提示したいシンテーゼは人生を謳歌し、生命力みなぎる芸術にしなければならないということ。多くの現代人は先程私が述べたように電子機器に封じ込められ、自分の本質を見失っている。かといって高齢者、特に後期高齢者になると、若かれし頃を思い出し、自分の人生はどうだった、これからどこに行くのか、とえらい哲学的な事を自分に問いかけ、たまの人は老年期うつ病になるのだ。このような衝突と犠牲は人間いつしか経験するものなのだが、早いうちから経験しといた方が良いと再度主張する。どう経験するかというとこれはいたって簡単で、自分がだれで、自分はこれからどこへ行くのかと自分に何度も問いかけたらいいだけの話だ。答えが出てくる時間は人によって個人差はあるが、自分なりの一時的な答えが出てきたら、それを自分の血や肉にしなければ意味がない。自分の脳に刻み込んだ後にそれを使い、また新たな物を生成していかないといけない。人間は立ち止まってしまったら、そこから老いや錆が入ってくる。よって、絶えず、前進することに意味があり、そうする義務がある。ちなみに私が「一時的」といった意味はこれも二つあり、一つはある知識が不動のものになったら、もし覆す大きな事柄が来た時、心に重大な負担が来るからである。もう一つは完成したら、そこから老いるからである。これは最近私がハマっている安藤忠雄氏のとあるコメントに似ているが、安藤氏は大阪のことを「未完成だから強い」と言っていたと思う。完成したら、そこから進歩がない。その斬新な考えが最近よくポワっと浮かび上がってくる。そう考えたらサグラダファミリアは未完のままでもいいのではないかと不思議に思う。確かな今の自分にぴったりの自論が見つかった時、少しの光が差し込むかもしれない。