清書てだすけ

    ()  年月日

 私が少し小さかったころ、私は家で夕食の準備を手伝っていた。最初は、お皿を並べたり野菜を切ったりする簡単なことしかできなかったが、お母さんは笑顔で「ありがとう。助かったよ。」と言ってくれた。その言葉を聞いた私は、自分の小さな行動でも誰かの役に立てることを知り、とてもうれしい気持ちになった。そして、勝手にきゅうりを切ってしまいきゅうりの形がバラバラなシーザーサラダになってしまった。この経験から、私は手助けにはよい面がある一方で、気をつけなければならない面もあるのではないかと考えるようになった。

 まず、手助けのよい面は、人と人とのつながりを深められることである。困っている人を助けることで、その人の負担を軽くすることができるだけでなく、「助けてもらってうれしかった」という気持ちが生まれ、お互いに信頼し合える関係につながる。また、手助けをした人も、「役に立てた」という達成感を得ることができる。私が家の手伝いをした日も、お母さんはいつもより早く料理を終えることができ、家族みんなでゆっくり食事を楽しむことができた。手助けは、相手だけでなく、自分の心まで温かくしてくれるものなのだ。

 しかし、手助けには悪い面もある。何でも手伝ってしまうと、相手が自分で考えたり挑戦したりする機会を失ってしまうからだ。例えば、小さい子どもが自分で片付けられるのに、大人がすべてやってしまえば、自分でやろうとする気持ちは育ちにくい。また、宿題の答えをそのまま教えてしまえば、その場では助かったとしても、本当の学びにはならない。相手のためを思ってした手助けでも、やり方を間違えると、相手の成長を妨げてしまうことがあるのだ。

 このように、手助けにはよい面と悪い面の両方がある。だからこそ、本当に相手のためになる手助けとは何かを考えて行動することが大切である。困っているときには手を差し伸べ、自分でできることは見守ることも思いやりの一つだと私は考える。また、「情けは人のためならず」ということわざがあるように、人に親切にすることは、めぐりめぐって自分にもよい形で返ってくる。これからも相手のことを思いやり、相手の成長にもつながるような手助けができる人になりたい。