火と人間の歩み

   中3 すみひな(sumihina)  2026年8月1日

 人類は、火を使うという魔法のような驚くべき体験をすることによって歴史の幕を開けた。動物の襲撃や寒さから身を守るための道具として、山火事の火を身の回りに置くようになったことが始まりだったという。今、ライターや電子タバコなど火はとても身近な、手軽に扱える存在として私たちの生活を支えている。一方で、都市ガスなどの社会化された火も身近な存在である。これもまた生活を支えてくれている火の一つだが、制御不能になると極めて危険だ。津波で大量の放射性物質が外部に放出されるという事故を起こしてしまった福島第一原発の事実もある。文明を発展させてきたのは火だけではない。しかし、潜んでいる危険を理解せず、ただ利用している人がほとんどだ。私は、便利さに頼らず自分の手足を動かして生きる工夫を身につけていきたい。

 その第一の方法は、自然の中で自分の手足を動かす体験をすることだ。私は3年ほど前に家族とキャンプに行ったのだが、そのときに家にある様々なモノがどれだけ生活を楽にしていたか、気づかされた。そのうちの一つとして挙げられるのが、水の存在だ。家の中にいれば、水を使う場面など特に気にしない。しかし、実際日本人が1日に使っている水の量は平均して200~300ℓだそうだ。キャンプでは家で消費する量がそのまま使えるはずもなく、運んだり、限られた量を考えて使ったりする必要があり、1日過ごすだけでヘトヘトになるほどだった。しかしこの大変な経験をしたおかげで人間が一から水を生活に利用するまでに多くの工夫が必要であることに気づくことができた。

 その第二の方法は、便利さに隠れている危険に気づけるような学習をする場を教育機関で設けることだ。私の妹の通っている小学校ではデジタル教科書が採用されようとしているのだが、長時間利用することでストレスがたまり睡眠を邪魔する原因になる。スウェーデンでは学校教育のデジタル化を積極的に進め、早い時期から紙の教科書をタブレットやデジタル教材に置き換えてきた。しかし、2022年のOECDが15歳のスウェーデン生徒を対象に行った調査によると、読解力と集中力は共に25%(4人に1人)の割合で前年より大幅に低下していた。近年は紙の教科書を重視する方針へ転換している。学校は社会に出るための準備をする場所なのにもかかわらず、その準備をする力さえも奪われてしまっては何にもならない。教育機関は外国の事例にも目を向けて方針を決めるべきだと私は思う。

 確かに、便利さを追求するということは人類が発展する歴史を支える大きな柱となってきた。そして、これからも支え続けていくだろう。しかし「便利な世の中になればなるほど、人間はバカになる」という野口英世の名言もあるように、便利なところだけに頼りきってしまう節があるのはいけない。便利さが悪いのではなく、「便利さに頼り切って考えることをやめること」が問題なのだ。私たちは、私たちが使う便利なものが、何を基にして成り立っているのか、その仕組みを理解して利用することが大切だと思う。私はこれから便利なものに頼り切らず自分の力で生きる工夫を探していきたい。