レンタルにおいて見いだせる価値
中3 あかるら(akarura)
2026年7月3日
豊富な工業製品の氾濫は人工物充填率や廃棄物処理の限界を招き、今や地球的問題となった。一方、機能を売買するという別の視点も生み出されつつある。これは偶発的に見えるが社会が抱える問題に本質的な影響を与える。私は物の所有に捕らわれずレンタルの考え方で生きていきたい。
その方法として第一に、物を持つことの価値を立ち止まって考えることだ。何であっても全て所有していることは必ずしも良いとは言えない。節目節目で考えてみると、レンタルの方がニーズに適していることがある。例えば学校の夏休みの宿題が挙げられる。私の学校では毎年英語の本を読み、感想文をポスターとしてまとめる、という課題が出る。今までは所有をしていることでいつでも自分の手元にあるという安心感が得られるという利点から本を資料とする際には購入することが多かった。しかし、二年生で同じ課題を出された際には異なった。今までの行動を再考し、何でも買うのではなくまずは「ずっとその本を持っていたいか」を尺度に決めることにしたのだ。調べてみた結果、図書館に所蔵されていることが分かり、実際に足を運んで探すことにした。様々な棚を見ていくことで新たな本との出会いもあり、訪れた意義を感じることができた充実した時間となったことを覚えている。私達の周りには買ったとしても使わずにしまっているものが多い。服や本がその一例だろう。これらは適切な手入や使用をせず放置しておけばいつの間にか価値が損なわれてしまう。しかし物を持つことだけが価値なのではなく、たとえ借り物であってもそれを通して作られた思い出にも価値があるのではないか。
第二の方法として、物を大切にすることが挙げられる。レンタルするということは必ずしも物をぞんざいに扱って良いというわけではない。物を回すからこそ大切に扱わなければならないのだ。例えば中国でのシェアサイクル事業がその一例である。約十年前に誕生した乗り捨て自由のシェアサイクル事業は中国で爆発的に普及し人々に生活を変えた。しかし、利用者の全員がマナーをきちんと理解し実行していたわけではなかった。初期には「自分のものではないから」と自転車の乱暴な扱いやついには川への乗り捨てが相次ぎ、事業の破綻にまで繋がってしまう。近年では以前の反省からルールを改め、罰金制度を導入するなどよって対策に努めている。今では一定の成果を出しているが、レンタルであったとしても物を大切に扱う精神があれば、このような社会問題は起こらなかっただろう。自分の所有物でもそうでなくとも、自分が使用した物への責任は必ずある。日本でもその手軽さからレンタル製品を至る所で目にするようになったが、使用している際の注意はもちろん、使用した後の一つ一つの行動の積み重ねは自分のためだけでなく、周りのため、そしてより良い社会のためだという意識を常に持つ必要があるのではないか。
確かに物の所有の方が利便性を保てることもある。しかし「幸せとは、欲しいものを手に入れることではなく、手に入れたものを楽しむことである。」という言葉がある。現在サブスクが流行しているのも、手軽なレンタルに人々の感心が集まっていることを示していると言えるだろう。だからこそ、物の所有だけに捕らわれず、レンタルの考え方も生かしながら生きていきたいと、私は考える。