尊重

   中2 あきたい(akitai)  2026年7月4日

 ユージーンは、街のなかに障害者がいることで、人の流れが変わらない街だった。そして、障害者と自然にむきあう街だった。「障害者に理解を示す」というより、きわめてビジネスライクな対応だった。」「ついこのあいだ、イギリスの児童文学作家、ローズマリ・サトクリフの自伝、「思い出の青い丘」を読んだ。傷つこうが、自分の責任で「苦境に直面する」、それを彼女は「傷つけられる権利」と呼んだ。障害がこの自由をどれだけ阻むかは、その時代のその社会が、障害者をどう位置づけ、そのなかで人と人との関係をどうつくっているかで決まる。

 私たちは、障害を持つ人に手を差し伸べていくべきだ。僕は普段たくさんの人に手を差し伸べてもらっている。例えば何か問題でわからない、理解できないことがあるとすぐに先生や親に聞くようにしている。このようにするとすぐに教えてくれるので自分の成長につながるのだ。また、僕がで自分ができていると思っていてもできてない時がある。その時にそのままにするとまずいと思った。大人やコーチ先生が手を差し伸べてくれる。障害を持つ人にも手を差し伸べることでお互い楽に生きていくことができるので僕は障害を持つひとに手を差し伸べていくべきだと思う。

 しかし、障害を持つ人たちが、自らの力でやり遂げようとする意思を尊重することも大切だ。僕は数学の問題を解くときにすぐに答案を見ないように意識している。数学のワークや問題集をしていると、応用問題などで一目で解き方がわからない問題がある。このような問題はすぐに答えを見るのではなく、一度自分で考えてわからない時にのみ答案を見る方が良い。こうすることでテストでわからない問題が出題された時の適応力が身につくのだ。僕は個別の塾に通っているので、手が止まっていると先生から問題を教えられることが多い。しかしこのようにすぐ先生が教えてしまうと自分で考える力が失われるので僕は一度先生に、「待ってください。」と言うようにしている。これは障害を持つ人でも同じで、すぐに手助けをしてしまうと筋肉や考える力が失われる可能性がある。僕は小学校で車椅子に乗る体験をした。その時に僕は車椅子のは想像以上に操縦が難しいと感じた。手で車輪を押したり、歩いている時にはなんともない方向転換が車椅子に乗っている状態だと難しく、感じる。日常生活でもこれをずっとやり続ける障害の人たちを助けたい気持ちもわかるが、障害を持つ人たりが自分の力でやり遂げようとする意見を尊重することも必要だと思う。

 確かに、障害を持つ人に手を差し伸べることも、自らやろうとする意思を尊重することも大切だ。しかし「私たちの人生は私たちが費やしただけの価値がある。」という言葉があるように、真に対等な立場でみんなが一つの人生を歩んでいくことである。