はたして「便利」は良いことか(清書)

   小4 りり(riri)  2026年7月4日

 ランプ屋の巳之助は、村に電灯をつけようという意見を持つ村長の家に火をつけようとした。

「マッチを持ってくりゃよかった。こげな火打ちみてえな古くせえもなア、いざというとき間にあわねえだなア。」

「古くせえもなア、いざというとき間にあわねえ、……古くせえもなア間にあわねえ……」

と気づく巳之助。

「世の中が進んで古い商売がいらなくなれば、男らしく、すっぱりその商売は棄てて、世の中のためになる新しい商売にかわろうじゃないか」と火をつけずにすんだ話。

私が一番おもしろかったのは、巳之助が愚痴をこぼすところです。愚痴はあまり良いことではないけれど、たまには活躍するものだなと思いました。

 もし私が巳之助だったらもっとマッチを探していると思います。その途中に自分のやろうとしていることがひどいことだと気がついてやめると思います。

 父の似た話は、私が鼻血を出した時、「上を向いて首の後ろをトントンとたたくんだよ」と間違えたことです。

血が胃に流れ落ちると気持ちが悪くなり、もどしてしまうこともあるそうです。幸い、母が最新の対処法を知っていたので良かったのですが、「あっぶな~い」と心の中で言っていました。

 今の時代、AIなどが発明されて、すごく便利です。グーグルなどで調べ、正しい情報かどうかも見分けることが少なくなっていると思います。昔はスマホなどインターネット自体がなくて、本や辞書などで調べていたと聞いたことがあります。本は著者がはっきりしているし、編集者も出版する前に調べているので大体正しいです。逆にネットの世界はだれでも配信できるため、合っているかどうかも分からないのです。人間どんなに便利になっても、調べ、見分ける力のように、どこまで進化し続けたとしても頭の使い方が違うだけで考える力は必要なのです。色んな新しい技術が絶対に良いことだけなのか、本当にこのままどんどんAIに頼ってよいのか、自分のためにも考えながら暮らしていこうと思います。

 私はさっそく辞書を手にとってページをめくりました。