自分の価値観

   中1 あえほあ(aehoa)  2026年7月4日

 人間は他の人間と自由にまじわることができる。とりわけ、現代のように、都市化が進み、偶然性の高い社会では、人間関係は、ふと結ばれ、そしてふと消えてゆく一時的なものであることが多い。しかし、現代のひとつの特徴は、親子という関係が「問題」化してきた、ということであろう。私は自分なりの価値観を大切にしていくべきだと思う。

その理由は第一に「自分なりの発見ができるからだ」私が中学生になって部活を決める時のことだ。友だちに「一緒に体験活動行こ!」と誘われ、一緒にどの部活の体験に行くかを決めていざソフトテニス部の体験活動に行ってみた。中学生になったら「テニス部に入ったら?」と父にも言われていたし、ソフトテニスに少し興味を持っていたため、入ろうかなとは思っていた。だが、本当に楽しいのか自分にむいているのか、と疑問を抱いていた。だから、それを確認するために体験活動に行った。ソフトテニス部の体験活動を行い、先輩方の姿を見て、自分にむいていると胸を張れるほど自信はないけど、ソフトテニスが楽しいものだと自分で発見、しることができた。それに、仲のいい友達が四人いたのもあって、ソフトテニス部に入ってみたいという気持ちがより強くなった。そして、最終的にソフトテニス部に入部した実例が私にある。

理由第二に「自分なりの価値観を大切にしないとひとつのことに縛られるからだ」部活を決めるために友達と一緒に合唱部の体験していたときのことだ。私は元々合唱部の体験活動に行く気はなかった。もう、部活はソフトテニス部にしようかなとほぼ決まっていたからだ。だけど、友だちが「合唱部の体験活動行かない?」と誘ってくれたから折角だし行ってみようかなと思い行ってみたのだ。そこで、聞いた音色はとても素晴らしいものだった。アルトとソプラノが綺麗に混ざり合って耳に届くその音色はまるで、合唱ではない何か神秘的なものを聞いているようだった。私もあんな歌声で歌ってみたい。まだ一回しか聞いたことがないのに自分の心を一瞬で掴んだその音色をもっと聞いてみたい。そう気づいたら思い始めていた。自分がソフトテニス部もいいけど合唱部に入ろうかなと思っていたら、友達が「合唱部も楽しそうだけどやっぱり、ソフトテニス部の方がいいかもな~」と言った。それを聞いた瞬間、風船の空気が抜けていくかのように、合唱部に入りたいという思いが少なくなってしまった。そして、「それじゃあ、自分もソフトテニス部にしようかな」と考え直してしまった。でも、心のどこかで「本当にいいの?」とか「合唱部も楽しそうだよ?」と叫んでいる自分もいたが、自分の決断は変わらなかった。そういう実例も私にはある。

確かに、ほかの人と合わせていくのも悪くはないと思う。だが「自分の心のうちに持っていないものは何一つ自分の財産ではない」という名言があるように自分の価値観も大切にしていくべきだ。