「痛い」も、「経験」?
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年月日
「いたいっ、いたいよぉ!」
わたしは悲鳴を上げた。先生が見ると、わたしの小さな中指は見事、ドアの隙間に挟まっていた。自分でいうのもどうかと思うが、わたしは小さいころから好奇心旺盛で、いろいろなことに興味を持った。一度面白いと思うと、やめれらなくなってしまう。この日も、その好奇心が原因だった。
幼稚園のころ、わたしは、お迎えを待つ間、ひとつだけ楽しいことがあった。それは、友達の保護者と話すことだ。いや、正確に言えば、保護者を対応する先生の後についていって、ちやほやされることである。わたしは、先生の後についていき、友達の母が先生と話すのを、じっと見ていた。そして、ついつい、ドアと壁の隙間に中指を差し込んでいた。これは、ドアが開いている間はたっぷりとスペースがあるが、閉じるとくっついてしまう。先生も何度か、「危ないからね」と注意したが、そのたび、わたしは生返事をして、また指を突っ込むのであった。
「それじゃあ、お気をつけて。」
先生が一礼すると、友達の母も、友達の頭に手をのせながら、
「失礼します。」
とおじぎをしていた。その「ザ・大人」な会話としぐさに見とれていたのだろうか。いつもだったらサッと抜いてしまう中指を、さらに奥まで突っ込ませてしまった。
「バタンッ。」
扉の閉まる快音とともに、わたしはまるで火がついたように泣き出した。
「いたいっ、いたいっ、いたああああぁいっ!」
いたいを連発するわたしに、先生は一瞬あっけにとられたが、そのあとすぐに扉を開け、わたしの指をさすった。何分かして、痛みはおさまったが、はさまれたときの、真っ暗になった感覚を思い出すと、まるで悪魔が迎えに来た時のような恐怖を埋めるため、泣き叫ぶしかなかった。あのときのことは、余計なことに首を突っ込むんじゃない、と、わたしをいましめた出来事だった。
「ちぴって、天才だよねー、あー、ホント憧れるぅ。」
クラスの中心にいる女の子に言われて、わたしは一瞬、ありがとうと言いかけた。しかし、バカにしたような響きに、おかしいぞと違和感を持って、あいまいに微笑むだけにしておいたのである。心がなぜか、ズキンッ、と痛んだ。しばらくして、勉強していたわたしは、急に頭痛が起きてしまった。バカにされた時の感覚が、どうにも嫌だった。うずく頭をおさえて、わたしはふとこう思った。心の痛みは、体の痛みになりかねないんだな、影響が出るんだな、と。やはり体調を維持するためには、心も健康に保つ必要があるのだと強く思った。
わたしは、過去の痛みを思い出したことにより、いろいろなことが、もう一度頭に刻みつけられた。余計なことに首を突っ込むと、痛い思いをする可能性があるから、小学校高学年として、よく考えて動くことが大切だ、と、幼稚園の頃の記憶と、今の五年生の認識が合わさって理解ができた。そして、心の痛みも、体に反映するのだから、つらいことがあれば、解消方法を探すのがベストだともわかった。幼いころの痛い記憶などを思い返し、今の気持ちとともに理解すると、わかりやすいし、もう一度注意ができる。もしかしたら、痛かった思い出も、未来への経験の一つかもしれない。