吉川のパスは
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秋の都大会では決勝まで進み、延長戦でも決着がつかなかったのでペナルティーキック合戦にまでもつれこみ、結局準優勝に甘んじた。大会中の目立った選手がベストイレブンに選ばれたのだが、やはり優勝チームから選出される者が多く、技術的には優勝チームの同じポジションの選手を上回っていた吉川は選にもれた。冬に例年にない走り込みをして、今年こそは優勝を、と団結を強めていたのだが、三年の夏休みを前にした暑い午後、宗介はコーチの浅野に退部を申し出た。前日、夏休みの練習計画が浅野から発表されたのだか、毎日朝九時から夕方六時まで練習メニューがが決められ、休日は一日もなかった。吉川という天才的な選手を得て、都大会優勝は今年を逃がしては当分無理だ、と読んだ浅野の決意の表れた計画表であった。宗介の学業成績は、もう少し頑張れば進学校といわれる都立高校に手が届く程度のものだった。ドリブルしながらフェイントをかけるとき、どうにもならない生来の体の硬さをよく知っていたので、サッカープレイヤーとして一人前になれないことは分かっていた。夏の練習に参加すれば受験勉強ができなくなるため退部を申し出た。すでに練習が始まっている校庭の花壇の前で、トレーニングウエア姿の浅野に向かって宗介は頭を下げた。チームメイトたちが円陣キックをしながらこちらを注目していたので、宗介は今度は頭を下げなかった。「ああやって懸命に練習している仲間を裏切るのか」浅野は花壇のひまわりの茎をつかんだが、語尾の震えとともに折りとってしまった。「自分の生き方を自分で決めただけです」青く高い青空の下で、中学三年の宗介はためらうことなく言い切った。浅野は手にした大輪のひまわりを乾いた地面に叩きつけ、円陣の方に歩み去った。右ウイングの自分が抜けても、実力にほとんど差のない二年生の補欠を補充すれば、チーム全体の力は落ちない。誰にも相談せずに退部を決めた宗介があくまで個人的な問題なのだと自らを納得させていたのにはこんな状況判断があったからだった。しかし、事態は彼の予想しなかった方向に広がってしまった。三年生は吉川一人になってしまった。一学期の終業式を終えて校門を出るところで、吉川に呼び止められた。吉川は母の小さな店の板前になるまえにサッカー選手の夢をみたかったと泣きながら話をしてくれた。「悪いな」としか言えない自分にいらだちいっそ殴ってくれたら気持ちも楽になるのにと思った。
自分の信念を貫き通すことは良いことだと思う。第一の理由は自分の信念を貫けば後悔しないからだ。例えば、外国人の中年女性グループは自分が食べたいものをこと細かにリクエストをする。逆に日本人中年女性グループは一人がいいだした食べ物をみんなそろって注文する光景をレストランでみた。
第二の理由は他人に合わせていると自分らしさがなくなってしまうからである。例えば部活を選ぶときも、友達に左右されず、自分の気持ちに正直に本当にやってみたい部活動を選べば自分らしさを大切にすることができる。私は農業自然観察部というとても珍しい部活に入っている。バドミントン部に仲のいい友達がいるのでバトミントンの仮入部を体験した。しかし、私はバドミントン部も楽しかったが、これを毎日やるとなったら体力がもたないので私に合っている農業自然観察部を選んだ。このことから自分の考えを持って選択することでその人らしい個性が生まれるのである。
確かに、他者と協調することも大切だ。しかし「自分が考えるとおりに生きなければならない。そうでないと、ついには自分が生きたとおりに考えるようになってしまう。」という名言があるように自分の意思を曲げず、信念を貫き通す方が後悔しない自分らしい人生を送ることができる。だから私は自分の信念を貫き通すことは良いことだと思った。