そこをなんとか

   小5 あけみか(akemika)  2026年7月4日

 「そこをなんとか」という言い方はきわめてあいまいである。われわれはそれを「義理と人情」のせいにするが、もともと義理と人情とは、正反対の概念なのである。けれど日本人は、これこそが人情、すなわち、もっとも人間的な対応とみなすのだ。

まえにこんなにたはなしがあった。友達と遊んだ時、いつもどおり友達が一緒に遊ぼと言ってきましたが、自分はそれを断りました。すると、いつもなら一緒に遊んでくれるじゃんといいますが今日は宿題をやり忘れていたため絶対に今しかできなんだけどそこに何も知らいない友達が来てしまい宿題ができない、それとも友達と遊ドッジボールちの方が優先なんだと思いそこで迷い決めたのであった。さすがに宿題やらないと明日大休憩と昼休憩とご飯食べ終わった時間にも宿題をやらなきゃいけないのはいくらなんでも嫌なのでそのことはその日か断るのである。だからよかったのはその日に宿題も終わってから先生に提出してから何だったっけ確かボンボンドロップシールという名前のシールでおさるのジョージをもらいました。だから昨日遊ばなくてよかったなーと思ったのである。もし昨日遊んでいたらどうなっていたことか想像がすぐにつきましたそれはまず大休憩みんなに遊ぼと言いるのであった。が遊べません宿題をするのである。そして昼休憩にも遊べません宿題が終わるのは昼休憩がちょうど終わった時だから遊べなかったのである。だから宿題は終わらせるのであった。

おとうさんインタビュー今まで服を選ぶとき下手だったのにうまくなった理由は、本音を隠さずに本当のことを言ったからだそうなのだ

「そこを何とかという」言葉はあまりよくないものなのである。まるで本音という言葉が戦っているようだった。