人の価値観

   小6 わかば(akahime)  2026年8月2日

 読書には読み手の数ほど多くの読書の仕方がある。本は、視点を変えてどの角度からどのやり方で見ても、楽しみを得ることができる、まるで魔法のようなものである。本には正解はない。作者の意図さえも超え、読者によって異なる、個々の楽しみ方でいいのである。

 私は小学校二年生で、国語の先生が担当だった時に、絵本を絵だけで読もう!というような授業を受講した記憶がある。その時まで、私は絵本はストーリーとして楽しむもので、絵は世界観を受け入れるための手助けをしているくらいだと思っていたため、私の中での価値観が変化した。絵だけだと、自分の想像によって、全く違う話になる。それに、自分の頭で物語をつむいでいくため、ただ読むだけとは違う、また違った楽しさを得られる。私が好きな絵本を絵だけで読んでみたら、この時もしかしてこうだった!?とか、新たな発見を得られる。本はこうしなければいけないと決まった世界の中であるわけではなく、自分の頭の中でどんどんふかめていくものだから、考え方の違いや個性が、良い方向に動いていく。違う人が読むと、全く異なる解釈ができる本は、まるで、影みたいだと思う。時間帯や角度、位置によって形が少しずつ推移していくため、同じものは見ることができない。見る人によって違う、別物を見ているのである。

 その『解釈』というのは、同じ人でも、年齢を重ねていくことで、異なる表情を見せてくれるものである。私は先日、小さい頃好きだった絵本をよんでみた。すると、内容よりも絵の方を楽しんでいることに気がつき、驚いた。マンションに新しい住人が来る、というのがテーマだったのだが、新しい人たちが部屋の準備をするところなどを見るのと並行して、今いる住人達の穏やかな日常も観察できる。上の階と下の階で手紙を送りあっていたり、十人が集まって踊っていたりなど、小さいときにはなかった新しい発見や楽しみを見つけることができてびっくりした。昔はただストーリーを理解して、終わるだけだったけれど、今はどちらかというと絵を中心に楽しむ感じになっていて、自分の気が付かないうちに、何かが変わっていたのかな?と疑問に思った。

 母に聞いてみると、母は違う絵本で感じ方が変わったことがあるらしい。それは「はじめてのおつかい」という絵本で、母は昔、主人公の女の子に感情移入しながら、場面の移り変わりを楽しんでいたらしい。しかし、母親になってから読んでみると、筆者が子供のことを温かいまなざしで見ていることや、子供ってこういう事言いそうだな。という風に、母親目線で楽しむようになっていたらしい。また、サザエさんなどのアニメも、昔はワカメやカツオ視点で楽しんでいたけど、大人になってからは、サザエさんなどの、大人に共感するように変化していっているそうだ。もしかしたら、読書というのは、そのときの自分の価値観や大事にしている考え方によって、楽しみが変化していくものなのかもしれない。きっと、その話題が好きな人は、専門的な面から楽しむだろうし、絵が好きな人は、絵に注目して些細な違いも見逃さないようにして、見るだろう。人によって少しずつ変わっていくのが普通なのだ。やっぱり、本は正解のない、無限に広がっていくものである。

 読書の楽しみやそれを受けた解釈などが、時がたつにつれ、だんだんと変化していくということは、人間にとって成長している証明のようなもので、その人の価値観が変わっていく中で、おこるものである。今の読書の楽しみは、今でしかできないものだから、私はたくさん「今」を楽しみ、たくさん本を読んで成長していきたい。