論理的思考力を育てるには

   小5 はるまき(akoruka)  2026年8月3日

  国際人を、「外国人を相手に自分の考えを伝えたり心を通わせることのできる人」と考えるとき、「論理的に思考し、それを論理的に表現する能力」が大切になると思う。例えばアメリカの学生は、知識量では日本の学生よりも劣っているが、論理的に考え表現し行動することにかけては、十分な訓練を受けているのだ。また、論理的思考を育てるには、言葉が思想を形作るとも言えるため、「言葉」を大切にすることが効果的である。私がこの長文を読んで一番印象に残ったことは、アメリカ人は論理的に表現することが得意ということだ。論理的とは、物事の筋道が通っているという意味だが、アメリカ人と比べて日本人は論理的思考が育てられていないと知り、びっくりした。

 私にはアメリカ人の知り合いがいるのだが、その知り合いによると、アメリカには長期休みの宿題がないそうだ。私はその話を聞いて、とてもうらやましく感じた。日本では、ゆっくり過ごしたい長期休みでも宿題に追われ、「暗記はあーんきついなー」などと苦労する人が多い。なのにアメリカは長期休みの宿題が無いなんて、まるで天国のようではないか。だが後日、家で黙々と宿題をして知識を増やすことではなく、自分で行動し、様々な体験をすることによって、論理的思考を育てるということが重視されているのかなと考え、長期休み宿題無しにもちゃんと理由があるのだなと知った。

 なぜ日本は論理的思考の訓練があまりされていないのだろうか。調べてみると、昔からの文化が関係しているらしい。まず、空気を読む文化。日本は同じ育ちの人が多かったため、相手の気持ちを察して空気を読むことができた。つまり、論理的に意見を伝えなくても良いということである。また戦後では、他国の技術を吸収することが目標だったため、知識を大量に身に着けた効率的な人材が必要とされた。だから、ひたすら知識を飲み込んでいく教育がされてきているのだ。逆にアメリカは、色々な国、色々な育ちの人が暮らしているため、論理的に意見を伝えないと理解し合えない。そのため、論理的思考の訓練をしているのである。私は、国際的な世界になってきているのだから、日本も論理的思考の訓練を十分にするべきだと思った。

 この長文を読み、国際人には論理的思考力が必要で、その能力は、これからの国際・AI時代で生きていくにおいても身に着けなければならない能力だということがわかった。なぜなら、色々な文化で育った人に自分の意見を伝えるためにも、AIに頼りすぎず自分で考えるためにも必要だからである。そのためには日本も、ただ知識を頭に詰め込む教育では無く、自分で考え、自分で行動する教育をしていかなければならないと感じた。また私も、将来に生かせるような体験をどんどんさせてもらい、論理的に表現する能力を育てていきたいと思う。