伝え合える心

   小5 あやか(ayanaka)  2026年8月3日

 国際人とは私なりの考えでは、外国人を相手に自分の考えを伝えたり、心を通わせることのできる人というようなものではないかと思っている。

このような観点から国語教育を充実させることが第一と思われる。

しかし、我々が国際人として生きようとする限り、論理的言葉からは逃れられない事は明らかに思われる。確かに、論理的言葉は必要だと思うが、私は外国人を相手にたとえ言葉が話せなくても話が通じることがあるのではないかと思う。

 私の母は外資系の会社で働いている。なので、私は時々海外から日本に来た外国人の人たちと一緒に横浜や東京に遊びに行った事がある。私がアメリカ人の体格のいい人たちと交流していて、一番驚いたことが、五百ミリリットルのアクエリアスをニ口で全部飲んでしまうという事だ。それを見て、私はまるで十分で百リットルも水を飲むラクダのようだなと思った。その体験を通して、私はアメリカのスーパーである、コストコがいつも大きいのはポテトチップスや大きいお茶などを売ってるのは、アメリカ人たちにとっては普通のことだからなのかもしれないと思った。私は彼とはあまり話ができなかったが、アメリカと日本では体格も違うし、文化なども違うんだなと思った。

 私の学校の英語の先生はアメリカ人の鼻が高い先生だ。その先生は母の会社のあるミネソタ州出身である。ある日、私は母が出張で買ってきてくれた黄色いミネソタ州の形が載っている、帽子をかぶって学校に行った。すると、偶然その日は英語があり、給食の時間、英語の先生が一緒に教室で食べることになった。その時私の席の近くに英語の先生が来たので、母が買ってくれた帽子を見せると 、「オーミネソウタ」と元気な声で返してくれた。それを聞いた私は嬉しくなって簡単な会話を続けた。たとえ国が違く、言語が違っていても言いたいことや話題の話になると通じる話があると言うことを私は思った。

 私の経験から文化の違いや言語が違っていても言いたい事は通じるということを知った。以心伝心という言葉があるようにその時はあまり言葉が話せずにいた。しかし、心を通わせることができたので、これから私は他の言語なども学んで、いろいろな人との交流を増やしていきたい。