ユージーン

   中2 あけふし(akehusi)  2026年7月4日

 ユージーンは、街の中に障害者がいることで、人の流れが変わらない街だった。そして、障害者と自然に向き合う街だった。イギリスの児童文学作家、ローズマリ・サトクリフの自伝、「思い出の青い丘」を読んだ。「他の子どもにはできるある種のことが自分にはできないことが、観念的にしか理解されていない」子供の時期から、障害のもつ社会的な意味、自分と普通の人々とを隔てる微妙な壁に気づき、それが人生に与える影響、「孤独」を知るまでが、語られている。傷つこうが、自分の責任で「苦境に直面する」、それを彼女は「傷つけられる権利」と呼んだ。彼女の言う権利を私なら、「経験を積み重ねてゆく自由を持つ権利」と呼ぶ。障害がこの自由をどれだけ阻むかは、その時代のその社会が、障害者をどう位置づけ、その中で人と人との関係をどうつくっているかで決まる。

 私達は、障害を持つ人に手を差し伸べていくべきだ。去年僕の祖父が脳梗塞で倒れて介護が必要な体になった。夏休みにお見舞いに行ったとき祖父は寝たきりで体も動かず、声を出せなくなっていてまともに会話ができない状態になっているので祖父とも話せなかった。だが祖母は祖父が伝えたいことが伝わっている。もしかしてこれが数十年間同居している付き合いだから考えていることが分かるのかもしれない。この時僕は何もできなかったけど小学生の頃、車椅子を押す授業を体験したことがある。今度会いに行ったときに祖父の車椅子を押してあげようと思う。

 しかし、障害を持つ人たちが、自らの力でやり遂げようとする意思を尊重することも大切だ。例えば、パラリンピックに挑戦する人達は、事故や病気などで障害を負った人の中には、「誰かにやってもらう」のではなく、「自分の力で挑戦したい」という強い意思を持つ人がいる。例えば、パラリンピックの選手たちは、厳しい練習を重ね、自らの努力で競技に挑んだ。周囲の人は必要な支援を行うが、選手自身が目標を決め、最後までやり遂げようとする意思を尊重するのである。その結果、多くの選手が世界の舞台で活躍し、多くの人に勇気や希望を与えている。このように、障害のある人を必要以上に手助けするのではなく、本人が「自分でやりたい」と思う気持ちを尊重し、必要な場面だけ支援することが大切だ。それによって、自立する力や自信が育まれ、社会の中で自分らしく活躍することにつながるのである。

 確かに、弱者に手を差し伸べることも、自らやろうとする意思を尊重することも大切だ。しかしもっと大切なことはモンテッソーリ教育を創始したマリア・モンテッソーリの「自分でできるように手伝ってください。」という言葉があるように、支援とは何でも代わりにすることではなく、自立できるように支えることが大切である。だから、僕も障害者のしてほしいことをちゃんと聞いて、相手を尊重して手伝おうと思う。