学ぶ前に知る
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作曲に集中しているとき、不意に、音楽というものが、自分の知力や感覚では、捉えようもない神秘的なものに思われることがある。自分なりに、音楽が解ったような気がしていただけに、そんな時、戸惑いや焦りの後の無力感に挫げそうになってしまうことがある。だがその無力感は、深な絶望とは異質な、むしろ居心地良さと温もりさえ感じられる「たぶんそれはなにか途方もなく大きな」諦めのようなものだ。自然から学ぶことは余りにも多い。自然のこの地球の記憶の層の、深い、遥かな連なりを見出すのは、とても容易なことではないが、せめて季節毎の変化の相、その推移を感じとれる感受性を身につけたい。それは、私たちに、音が語りかけてくる毀れやすい言葉の表情のいろいろを聴き逃がすことがないように働きかけてくれるだろう。作曲は音と人間との協同作業、つまりコラボレーションだと思うから、作曲家は音に傲慢であってはならないだろう。今は近代化が進み、地球温暖化や海洋汚染などの環境問題が深刻化している。そのため自然から学ぶことが少なくなり、今はインターネットなどで広められている情報から学ぶことが多くなっている。そもそも自然から学ぼうとする意欲が、現代人から失われているのかもしれない。確かに私も自然をぼーっと眺めているよりも、スマートフォンをいじっていた方が時間の使い方としては有効だと感じてしまう。だからこそ、追求し続ける意欲を持った上で、自然から多くのことを学ぶべきだ。その理由は二つある。
理由は第一に、自然に興味を持つと、食べ物や水の巡りなどの地球の仕組みを知ることができるからだ。小学校六年生の社会の授業で「水の循環について」の単元を勉強したことがある。私は社会の授業が苦手で、特に地球学などの分野は説明を聞いているだけでも、頭の中がいっぱいになってしまう。今私が通っている中学校は、特に地球学に力を入れており、入学したての私はその授業を頑張って耐えて聞きつつも、周りの皆に置いてかれないよう、主体的に取り組もうと必死だった。先ほどの小学校の時の授業では興味がなくボーっとしながら授業を受けていた。ちょうど一ヵ月前、小学校のノートを見返していると、水の循環についての単元のときのノートが見つかった。学校の成績を落としたくなかったため、一応しっかりとノートにメモを取っていた。私はそのノートを見つめていた前とは違って、ノートに書かれてある一つ一つのことがとても新鮮なことに思えた。それはとても面白くて、もっともっと追求したいという気持ちが自分の中で膨らんだ気がした。今は地球学の苦手を克服し、学校では、尾瀬ヶ原の自然について研究をグループで行っている。これを周りに話しても優等生ぶってると思われ、うるさいなと思われるのがオチかもしれない。しかしこれは人々が初めて自然に興味を持ち、現状を知って、そこから自分で今の自然環境を改善すると言う意識を高めるためにも、とても重要なことだ。自然にあまり興味がない人は、実際に自然溢れる場所へ訪れて欲しい。きっと考え方も変わるはずだ。
理由は第二に、自然には、五感を刺激し、日々の疲れや緊張を和らげる効果があるからだ。環境省のデータによると「自然免疫に必要な役割を果たしているNK細胞、つまり体の健康保つ細胞が、都市部に比べて、森林などの自然がある場所は約八パーセント活性化する」という。私も、そのことを実感した経験がある。私は中学校に入る前に友達ができるか勉強についていけるかなどの不安があった。中学校に入学する前に、家族みんなで旅行へ行った。その時に山登りをしたり、木でお箸を作る体験をしたりした。また、夜には、お母さんと、露天風呂へ入り、自然という絶景を楽しんだ。私はその時なんだか心が軽くなった気がした。このように自然を感じるとリラックスできるのは、人間にしかない五感を有効活用できるからである。
確かに、環境問題の深刻化の進行があまりにも早く、もう手遅れだと言うことから、今のデジタル社会で学ぶことが大切だという意見にも非常に納得できる。しかし「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になる。」という名言がある。みんなが少しずつ自然に関与している資源を守り続けていれば、自然は、緑を取り戻し、少しずつふれあえるような状態になる可能性もある。しかし、それを実現するには、多数人の努力ではなく、みんなの普段からの努力が必要だ。例えば洗剤を使う量を減らしたり、エアコンの設定温度をできるだけ、下げすぎたり、あげすぎたりしたりしないようにすることが挙げられる。環境問題で大切ばが、あまり知られていない言葉に「ブルーカーボン」、「エシカル消費」、「フード・マイレージ」がある。ブルーカーボンは、海藻やマングローブなどが二酸化炭素を吸収して蓄える仕組みや、その炭素のこと。エシカル消費は、人や社会、環境、地域に思いやりを持って、倫理的なお買い物や消費をすること。フードマイレージは、食べ物が私たちの手元に届くまでに、どれくらい遠い場所から運ばれてきたかを表す言葉である。これらは地球を守るために大切な新しい視点だ。私は自然から学ぶことを前に、まずは知ろうとする意欲が大切だと考える。これからは、環境問題の申告書を求めると言う大きな目標だけを見るのではなく、日常生活で簡単にできることを積極的にして、貢献していきたい。水や節電を心がけ、それが見ないにもバトンのようにつながってくれることを、私は妄想しながら今、この作文を書いている。