「食べられる」か
中2 あえなて(aenate)
2026年8月1日
「食べられる」か「食べれる」か。「見られる」か「見れる」か。後者の用法は許されるか否か。そもそも言葉は変化していくもの、流れに任せれば、自然に淘汰されるだろう、という考え方に対して、美しい言語が文化の基礎であり、何らかnお規範で持って維持していく必要がある、という考え方もある。教育、ますこみその他それぞれの現場で、自分たちの言葉を考えていかなければならない、ということだ。時代の変わり目で。私たちの言葉をどうしていくか、各自が考えていく必要があるということだ。
新しいものが出てくるのは当然だ。赤ちゃんの時に行っていた赤ちゃん言葉、ブーブーやわんわんなどを使っていたが、自然と車や犬に変わってゆく。こういうのは人に習うのも関係しているが、経験が一番関係していると思う。小さい頃、赤ちゃん言葉を話していても、大きくなっても赤ちゃん言葉を話しているのかと心配している人はいない。たまに新しい言葉が出てくることがある。それは、人々が何かのアクションを受けて、それを経験したおかげでできた言葉だ。大人になっても、言葉は発達していく。小学校や中学校で、敬語や丁寧語などの日本語のある程度の文法はならう。しかし、大学、就職の面接では、もっとレベルの高い言葉を喋る。そのために、高校で、勉強する。幼稚園は、敬語が必要なく、先生にも親と同じ対応をする。学校に入ると、小中高関係なく、先生への敬語や敬意は、必要になる。そのために多くの言葉を習う必要が出てくる。歳を重ねるごとに、必要になる言葉は多くなり、それに連動して、多くの言葉が身についてゆくのだ。
しかし、古いものも大切だという考え方もある。敬語などはあるが、昔ながらの文化などを守っていかないといけないものもある。昔話は、現代語の発音の仕方じゃない。昔話は、幼稚園などで、子供が読んでいる。その意味は、いろいろな言葉に触れて欲しいから。その中でも、昔の言葉はどの時代でも、いいものなのだ。中学校でも、古文で、竹取物語などの作品がたくさん読まれる。読まれる理由は、間違いないと思われてるからだ。そこで、いまも昔からの言葉を使っている地域が日本に多数存在している。昔の言葉といえば、方言だ。方言は、一昔前に使われていた言葉だ。その言葉が、いま使われているところがある理由は、その方言が、とても良いから、残されているのだ。方言には、その地域だけの特有の言葉だ。大阪という人気な場所も、大阪弁という方言が残っている。だからこそ古いものも大切だ。
確かに、新しい物を取り入れていくことも、古い良い物を大切にしていくこと、どちらも大切だ。しかしもっと大事なことは「出来上がった規則をなんとか守ろうとする事よりも、実態に合わせて規則を変えていくことが、真に規則を生かす道である」という言葉があるように、言語を使う人間の意識の高さである。