あきういさん、作文を読んでとても感心しました。
まず、五年生と六年生の担任(たんにん)の先生の違い(ちがい)を具体的に描写(びょうしゃ)していて、学年が変わることでの雰囲気(ふんいき)の変化がよく伝わってきます。
「まるで(おに)のような先生」や「まるで大事な会議の途中(とちゅう)のような空気」といったたとえがうまく使われていて、読んでいる人にイメージがわきやすくなっています。
また、先生の昔の話や他の学年の子どもたちと遊ぶ様子など、実際の体験や聞いた話が入っているので、文章が立体的で生き生きしています。
ユーモアについての考えも自分の経験からしっかり考えられていて、最後に「ユーモアかふざけているのかそれを判断するのは自分じゃない」という気づきが書けているのは、とても深いですね。
文章の流れも自然で、読みやすいです。
これからも、具体的な体験や感じたことを大切にしながら、表現を工夫していってください。

項目(こうもく)評価】
たとえの表現:よく使えている
前の話聞いた話:よく書けている
文章のわかりやすさ:よい
論旨(ろんし)一貫(いっかん)性:よい
 

森リン評価 ユーモアとふざけ hi 08月3週 あきうい
字数/基準字数:
1143字/800字
思考点:69点
知識点:71点
表現点:74点
経験点:80点
総合点:79点
均衡点:6点
●語彙学年表
 小1小2小3小4小5小6中1中2中3高1高2高3  
思考点
知識点
表現点
経験点
総合点
1200字換算
 
思考点:72点
知識点:74点
表現点:77点
経験点:83点
総合点:77点
均衡点:6点
●換算語彙学年表
 小1小2小3小4小5小6中1中2中3高1高2高3  
思考点
知識点
表現点
経験点
総合点
●語彙の説明
語彙種類個数種類率点数説明
思考語彙17種21個81%69点考える言葉です。
理由、方法、原因などの説明の語彙。
多すぎると、説明の多い硬い文章になる可能性があります。
知識語彙49種92個53%71点難しい言葉です。
社会的な例や調べた例の語彙。
多すぎると、難しい言葉の多い重い文章になる可能性があります。
表現語彙101種198個51%74点豊かな言葉です。
話題の幅が広い語彙。
多すぎると、散漫な文章になる可能性があります。
経験語彙41種57個72%80点詳しい言葉です。
身近な例や経験した例の語彙。
多すぎると、身近な話の多い狭い文章になる可能性があります。
種類率は、60%以上が目標。70%以上の場合は多様な語彙が使われています。
1143字
 69点
 71点
 74点
 80点
字数 思考語彙 知識語彙 表現語彙 経験語彙

 


■思考語彙 17種 21個 (種類率81%) 69点
。しかし,。たとえば,。多分,あると,いると,しまうと,だろう,と思う,ないから,なければ,なるから,ふざけると,人にとって,今考える,考えると,見ると,違うと,

■知識語彙 49種 92個 (種類率53%) 71点
一生懸命,一番,一緒,人間,以外,会議,先生,冗談,判断,友達,合唱,同窓会,問題,基準,大丈夫,大事,学年,学校,学級,実力,年生,廊下,担任,授業,敏感,日本人,時代,普段,機嫌,特別,発表,真面目,石器,社会,空気,練習,自分,自然,自由,苦情,言葉,説得,説教,途中,道徳,部分,雰囲気,音楽,黒板,

■表現語彙 101種 198個 (種類率51%) 74点
あまり,うた,うち,けら,こと,これ,ご飯,それ,たち,ところ,どちら,みたい,みんな,もの,やる気,よう,わけ,イギリス,クラス,グリコ,コンクール,コース,センス,プライド,ユーモア,ユーモラス,一生懸命,一番,一緒,五,人,人間,今,他,以外,会議,先生,六,内,冗談,分,判断,前,力,十,友達,合唱,同窓会,問題,型,基準,大丈夫,大事,子,字,学年,学校,学級,実力,年生,廊下,感じ,手,担任,授業,敏感,方,日本人,昔,時,時代,普段,机,機嫌,気,特別,発表,目,真面目,石器,社会,私,空気,練習,自分,自然,自由,苦情,血の気,言葉,話,説得,説教,途中,通り,道徳,部分,雰囲気,音楽,鬼,黒板,

■経験語彙 41種 57個 (種類率72%) 80点
あく,あげる,くれる,しまう,せる,できる,と思う,ふざける,やめる,られる,れる,わかる,今考える,使う,信じる,働く,入る,動かす,受ける,合う,向かい合う,困る,変わる,尽かす,引く,怒る,感じる,持つ,歩く,比べる,生まれる,習う,褒める,見つかる,言い合う,謝る,起きる,返す,遊ぶ,違う,間違う,

■総合点 79点

■均衡点 6点
 

ユーモアとふざけ
   小6 あきうい(akiui)  2026年8月3日

 イギリス人は、「ユーモアのセンス」と言うものには特別のプライドを持っているし、また、それについて敏感である。日本人は、「人間真面目に、一生懸命に働くのが一番だ」と言う言葉の方が、説得力を持つのではないだろうか。ユーモアというものは、ユーモラスと感じるか感じないかというセンスの問題になるわけだ。

 五年生の時、まるで鬼のような先生が担任になった。その先生は廊下で冗談を友達と言い合いながら歩いていると、説教十分コースだ。しかし、そうなる時とならない時がある。多分、説教コースの時は機嫌が悪い時だろう。怒るか怒らないかどちらかにしてほしい。他にも苦情がある。私たちの学校は道徳の授業でみんなの机を動かしてコの字型にしなければならない。黒板がコの字のあいている部分に来るようにする。ふと前を見ると、向かい合っている机の人と目が合ってしまう時がある。それを先生に見つかってしまうと、必ず授業まるまる使っての説教である。五年生の時はこれまでの学年と比べてクラス内で楽しいと思うことは少なかった気がする。この通りユーモアなんてかけらもない先生だが、いいところもあった。私たちが五年生だった時の六年生と一緒に合唱コンクールの練習をすることがあった。音楽の先生が「六年生と五年生のうたは同じくらいの実力だけど、やる気は五年生の方が多いね。」と褒めてくれた。今考えると、五年生の時は担任の先生以外に怒られたことはない。

 六年生になると担任の先生で学級の雰囲気がガラリと変わった。前の学年ではカチコチしたまるで大事な会議の途中のような空気だったが、今は同窓会のような柔らかい空気になっている。たとえば、廊下でグリコをしていたら先生も入ってすると他の学年の子も入って一緒になって遊んでくれる。また、授業で自由に発表できるようになった。間違っても大丈夫みたいな雰囲気になるからあまり手をあげるのが怖くない。特に社会の授業で、先生の昔の話をしてくれる。石器時代の話を習っているとムードーメーカのような人が「先生って石器時代くらいに生まれた?」とふざけると「その時はご飯が信じられないくらい自然って感じだったよ。」と冗談で返してくれる。しかし、そのような授業を受けていると他の先生の授業で困ったことが起きてしまった。音楽の授業のうちに普段のようにふざけてしまったのだ。先生が「授業をやめる」と怒らせてしまった。さっと血の気が引いていくのがわかった。みんなで謝りに行って担任の授業と他の先生のユーモアの基準は違うと気が尽かされた。

 ユーモアはあると楽しいが、ユーモアかふざけているのかそれを判断するのは自分じゃないからその人にとってユーモアがある楽しい人になりたい。