言語

   小6 あさりお(asario)  2026年8月3日

要約:言語というものはうまく行かないものである。必ず意見が分裂し、議論が勃発する。国語審議会ではら抜き言葉以外の事も多く取り上げているが、なぜか国民はら抜き言葉のことしか考慮し、把握出来ていないようだ。これは現在の国語の重要性のことを反映している。他にもこの注目の偏りは各世代間の落差と断絶によるものだという。最近の若者はもはや年配の世代が付いていけないほど、彼らの省略し、単純化した言葉を公用語としている。例としては一般ピープルでぱんぴーなどだ。もはやここまで来たら、沖縄語やアイヌ語のように、新たな言語の爆誕かもしれないと思う。他の要因としても、地域間の認識の違いや官民の意識の落差などもある。全く違うような理由でも案外同じ根本的原因を共有しているのだ。それは個々の意見の違いだ。恐ろしくシンプルだが、実際にこれが影響し、いろいろな悪効果に繋がっているのだ。国語審議会は、ら抜き言葉の悪効果を表面化するだけではなく今後の彼らの立ち位置も露わにし、これから我々人類がどう言語と向き合っていったらいいかと思う契機にもなったと思う。

まず第一に、言葉が勝手に変わるのは当然だということを先に言っておきたい。時が流れるにつれて、人々の感性や思想が変化していくのは当たり前。逆に一切変化しなかったら、もう人類の時代は終わったといえるだろう。時が着実に流れていく間に、老若男女みな生きている。その生きているという過程の中に、言葉の進化があるのである。これは歴史を見ると毎回思う事なのだが、我々はホモ・サピエンスの約25万年の歴史の一部なのだ。「何当たり前なことを言っているんだよ」と思うかもしれないが、より冷静に考えてほしい。この長い歴史を我々は振り返ることはできるが、未来はわからない。そして、自分が生まれる前の歴史は記されているとしても、当時存在していなかったので、確かなことはわからない。例えば、我々は米国が第二次世界大戦の時どのようなことをやっていたかという大まかな事は理解できるが、まだベールがかぶせられている部分も当然存在する。そして、よく5年後の世界などと予測する人々はいるが、目と鼻の先のこともわかりはしないし、200年後などと自分が生きてもいない時代は未知の領域だ。そして、その200年後の人類は私たちのことをよく理解できない。この過去の曖昧さと、未来の予測不可能さの矛盾の中で私たちは生きているのだ。これを悟った私は心が締め付けられるほど、悲しみに襲われた。「あゝ、人間は歴史としてみたときは強固で、不滅そうに見えても、実際の個人は弱くもろいし、限度もあるのだな」と思った。このような初期性うつ病のような事を頭のどこかで考えて続けている中、岡本太郎の「自分の中に毒を持て」を読んだ。もうすぐ終わるのだが、やはり後半に進むにつれ、岡本太郎の人間味と思想の破片が残っており、非常に助けになった。その中で彼は「マイナスなことがあったら、逆に開き直り、全力をぶつけると良い」と述べていた。頭で私も理解はできていたものの、いざ実践になった時や状況に追い込まれたときは一歩が出ずらかった。だが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の諺のように、行動に移したら、この不快感と不条理の現状もプラスで、面白く見えてきたと思う。我々は過去にもいないし、未来にもいない。存在するのはこの一瞬であり、それを謳歌するのに務めるべき。そして、その我々の容量の中にある過去を最大限活かして、未来を生成する。この営みは非常に面白いし、スリリングだと思う。さぁ、ここの理解ができたところで、本題に入ろう。この大地の地層のように、人間社会では今この瞬間も赤子が生まれ、生きとし生けるものがなくなっている。人々が泣いたり、笑ったり、苦しんだり、楽になったりしている。歴史に新たな層が積み上げられている。若者、新しい世代がどんどん改革をしてゆき、彼らの方向に社会を持っていくその間に、どんどん古い世代が老いてゆき、無力に近づいてゆく。無論、このような風潮の中では新しいものが紹介され、時代が更新されていく。より、新しい世代に決定権と強さが偏ってゆく。これは当たり前。逆らうことができない時の流れ。だからこそ、人々はこのかけがえのない瞬間を重宝し、最大限に生きてゆくべきではないだろうか。

しかし、古い表現にも大切な面もある。先程私は歴史の詳細さには限度があると述べたが、実際は大まかなことが理解できるのは確かだ。例えファラオが何を考え、人々に何をいちいち言っていたのかはわからずとも、彼の存在と功績の大体は把握できる。これもまた前段落に通じるところだが、未来は変えられるが、過去は変えられない。この未決定の非ラプラスの法則に沿った世界で新たな要素を形成するためには、まずは過去から学ばなくてはならない。当時のことを学ぶのに最適なのはわけのわからない数年前のドキュメンタリー映画ではなく、より正確な一次資料が大切だ。その一員として、古い、古代からある表現、減少が重宝されるべきなのだ。いつか私も言葉の古さを開設したと思うが、現代まで残ってきている言葉には何かしらその民族、言語に必要不可欠要素がめり込まれているという事である。これは裏を返せば、今も形を変えてゆく言葉の多くは現代人に必要がない。また、新たな要素を生成しているようにも思える。このように言葉に限らず、万物はすべて必要な部分のみ残そうとする。これで良いのだ。しかしながら、過剰に保守的な方々は、すべてを守り抜くと心に誓い、すべてをそっくりそのまま保とうとする。私は去年の11月か12月にワシントンのどこかにあるアジア系の資料を展示している博物館で映画「国宝」を見れると聞き、父と二人で3時間弱の傑作を拝見したのだが、歌舞伎界の事情が少し垣間見えたと思い、非常に印象に残っている映画の一つだ。一番目立ったのは歌舞伎などの伝統芸能は師匠の型、やり方をそっくりそのまま継承しなけらばならないのだ。一切の変化もなく、不動の純度100の質で継承するのだ。私はこの風潮に最初は一切の違和感を感じなかったのだが、今となれば、嫌悪感までもを感じるようになった。それは私が当時鈍感だったのか、まだ岡本太郎の真髄と出会っていなかったのかは分からないが、今となれば非常に制度が滑稽だと思う。岡本太郎の伝統とはいつでも同じ、絶対的要素、民族の根源ではなく、いつでも変化していかないといけない物だと言う。そうしなければ、人々は飽き、忘れ去ってしまうのだ。例えば、今ではもうフェーズ3に入ったミセスグリーンアップルが突然これから10年ずっとフェーズ3に入り、新たな挑戦を一切やめると宣言したらどうなるだろうか。ファンは一気に消え、どんどん埋もれていくのみだ。どんどん変わっていく、進歩する、これは私が今まで心に停めてきたものだ。一年ほど前、私が槇原敬之氏の「どんなときも。」か「遠く遠く」を聞いていた時、母がボソッと「変わっていかないと勝っていけない」と言ったことがある。それについて5分ほど話したのだが、ここ最近で最も感銘を受けた話かもしれない。それ以来、私は自分の根源は変えずとも、日々多種多様なものに触れ、自分をどんどん成長させようとする一方だ。この「根源」の域に達している単語はもちろん不動であるし、多くのものを語ってくれると思う。それをこれから後世へと保存するためにも、私たちはこの言葉のために歯向かう全ての攻撃を代わりに受けてあげないといけない。

確かに言葉が変わってゆくのも進化には必要だし、古い言葉が未来へと歴史を伝えるのも重要で立派なことなのだが、ここで提示したいシンテーゼは二つの意見の両立だ。私の最近の作文では自分でも驚くほどの単純さぶりだが、これがもっとも摩擦の起きない安定した解決策だ。日常会話では口語を使って、人々と慣れ親しみ、ビジネスなどのオフィシャルで教養が必要とされる場合にはいわゆる「正統派」の「ら有り言葉」などの古き良き、正しい日本語を使うと良い。もちろん公式な場面で口語や友達と敬語でしゃべるのも、一回はひかれるが、逆にそれをすることによって常人では味わえない景色を見れると思う。ここ数日、また岡本太郎の書いた文章を読んで、彼が述べていた「出る釘は打たれる」という諺を自分の状況にあてはめていた。少々悪口のように聞こえるかもしれないが、私が通っている学校のとある国語の先生が、個人面談の際私の事をコテンパンに言ったそうだ。「そうだ」と言ったのは、その時私は遠出をして英検会場に行って、受験していたからだ。そして母がその言葉を聞いた夜に帰ってきたとき、実態を耳にして衝撃を受けた。約20ほどの面談で私の能力、可能性、現状、すべてある程度真っ向から否定されていたのである。あれから約3ヵ月、今考えるとこの諺にぴったりとハマると思う。今は夏休みだからいいが、もうすぐ学校の「続行ボタン」が押され、すぐさままた戻ってしまう。ここで私が今持っている選択肢は、自分という名の釘を自分から打つか、引っ張ってもっと出し、「出る釘は抜かれる」に賭けるか。悩んだ末、もうこの現状と関係性を楽しみ、出来る限り、共存の道を模索するという第三の選択肢に決定した。逆にここまでマイナスな状況に陥ったこともないので、本当に戻るのが楽しみだと思い始めた。私と教師のように進化と保守は共存できると思うし、出来なければならない。第一段落で私が述べた層が重なっていくことを踏まえて、どんどん進化してゆくのだと仮定すれば、私が前述したこと全てを度外視し、公式な場以外では最新型の言語を採用しても世間からの意義はそのうちなくなるであろう。だが、そんな社会に揉み消された社会の決められた立ち位置で生活して何が面白いだろうか。皆様に限らず、私も自分を賭けて、新たな境地、領土、立ち位置を探し求めるよう訴えかけます。